北海道大学(北大)は12月20日、群馬大学の協力を得て、脳の神経核の1つである「分界条床核」が、ドーパミンを放出する中脳の「腹側被蓋野」を制御する仕組みとして、分界条床核から腹側被蓋野への投射線維の大多数が「GABA」を伝達物質とする「抑制性投射」であり、その標的が腹側被蓋野の「抑制性介在ニューロン」であることを明らかにしたと発表した。

成果は、北大大学院 医学研究科の渡辺雅彦教授、同・生命科学院 薬学研究院の南雅文教授の両研究室による共同研究で、生命医薬科学コース修士課程の工藤健大大学院生らが中心となって実験を行ったものだ。研究の詳細な内容は、米国東部時間12月12日付けで米国神経科学誌「The Journal of Neuroscience」のオンライン速報版に掲載された。

腹側被蓋野は報酬行動に関わる中脳にある神経核で、報酬を期待して行動したり、報酬により快感覚を得るような状況で活性化し、快情動の生成に関わっている。この神経機構は、日常生活における意欲の向上や動機付けとして重要だ。

一方、コカインやモルヒネなどの麻薬は腹側被蓋野に直接作用して薬物依存や薬物乱用の原因になったり、ギャンブルなどへの嗜癖行動の形成にも関与する。

この神経機構の中心を成しているのが腹側被蓋野から「側坐核」や前頭葉へのドーパミン投射系で、これを調節するため腹側被蓋野はさまざまな脳領域から神経入力を受ける構造を持つ。

分界条床核は腹側被蓋野に投射する神経核の1つで、嫌悪、不安、恐怖などの不快情動の生成に関わっている。しかし、このまったく異なる情動に関わる分界条床核が、どのように腹側被蓋野を制御しているのか、つまりこの投射系の動作原理は今まで不明な状況にあった(画像1)。

まず、神経トレーサーの「コレラトキシンb(CTb)」を腹側被蓋野(画像2のVTA)に注入し、分界条床核(画像2のBST)においてトレーサー標識されるニューロンの神経化学特性を検討。その結果、投射ニューロンの約90%は抑制性伝達物質である「GABA」を合成する酵素「GAD67」を発現する抑制性ニューロンだった。

画像1。腹側被蓋野を制御して、快情動のドーパミンを放出させているのは、まったく正反対の不快情動を扱う分界条床核である

画像2。腹側被蓋野(VTA)に投射する分界条床核(BST)ニューロンはGABA作動性だ

次に、この投射ニューロンの標的が腹側被蓋野のドーパミンニューロンなのか、それともドーパミンニューロンを抑制している抑制性介在ニューロンなのか検討。その結果、分界条床核からの抑制性投射軸索は、腹側被蓋野内の抑制性介在ニューロンを標的としてシナプスを形成し、そのシナプス後部には「GABA A受容体α1」が集積しており、抑制性伝達が成立する分子がすべて揃っていた。

以上の観察結果は、分界条床核の活動亢進により腹側被蓋野の抑制性介在ニューロンの活動性が抑制され、それまでこの介在ニューロンにより受けていたドーパミンニューロンの抑制が解除されることでドーパミン放出が高まり、快情動が生成されることを示唆するという。

一方、痛みなどの嫌悪刺激に伴って分界条床核で遊離されるノルアドレナリンはこの投射系を抑制することが知られており、ドーパミンニューロン活動亢進を担う本投射系が抑制されることでドーパミン放出が減少し、嫌悪刺激に伴い不快情動が生成されるものと考えられるとした。

今回の研究により明らかとなった腹側被蓋野ドーパミンニューロンの活動調節系の変化が、うつ病による意欲低下に関与している可能性も考えられ、うつ病モデルにおける分界条床核-腹側被蓋野投射系の解析がうつ病のメカニズム解明と治療薬開発につながると期待されるとしている。