京都大学(京大)は12月5日、細胞接着タンパク質である「ラミニン」のフラグメント(断片)を用いて、これまでより安全・高効率にヒト胚性幹(ES)細胞・人工多能性幹(iPS)細胞を培養する方法を開発したと発表した。同技術は、ヒトES/iPS細胞を創薬・細胞治療などに応用するにあたって必要とされる品質保証と大量生産に寄与することが期待されるという。

同成果は同大の中辻憲夫 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)拠点長・再生医科学研究所(再生研)教授、川瀬栄八郎 再生研特任講師、宮崎隆道 同研究員、大阪大学 蛋白質研究所の関口清俊 教授らによるもので、詳細は英科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。

ヒト多能性幹細胞(ES/iPS細胞などの)株は、創薬や細胞治療にとって不可欠な、高品質の各種ヒト細胞を大量に生産供給できる、代替不可能な細胞リソースとして期待されているが、その実現化のためには多能性幹細胞の効率的な拡大培養法の確立が不可欠となっている。

一般的に、ヒト多能性幹細胞の培養には、適したフィーダー(支持)細胞、あるいは細胞外基質が必要だったが、従来は異種動物由来のもの(例:マトリゲル)が使われている。また、最近は異種動物由来ではないものも見出されてきているが、まだ十分な効果が得られておらず、大量培養に向けた効率的な拡大培養を実現するためには、培養液だけではなく最適な細胞外基質の開発が必要とされていた。

ヒトES細胞、ヒトiPS細胞は写真のようにフィーダー(支持)細胞を下敷きとして増殖維持されている

また、ヒト多能性幹細胞は通常コロニー(細胞塊)として培養されており、継代と呼ばれる細胞を植え継ぐ過程で、このコロニーを適度な小さな塊とする必要があるが、バラバラになってしまった細胞のほとんどは死んでしまい、うまく解離できなかった大きなコロニーは分化してしまうことから、現在行われているヒト多能性幹細胞の拡大培養法はあまり効率的ではなく、かつ取り扱いには熟練が必要であった。

ヒトES細胞、ヒトiPS細胞の拡大培養の様子。ヒト多能性幹細胞はコロニーを形成しながら増殖していくが、通常4~7日間隔で植え継いでいく必要がある。その際、細胞をバラバラに解離すると死んでしまい、また大きなコロニーのままだと分化してしまう。適度な大きさに解離することが必要だと考えられている

今回の研究では、ヒト多能性幹細胞の培養の細胞外基質として現在最も使われているマトリゲルの主成分であるラミニンに着目した。また、ヒトのラミニンタンパク質の中でヒト多能性幹細胞に効果のある最小の三次元部位を見出し、そのフラグメント(断片)「LM-E8」を調査し、ヒト多能性幹細胞に対して既存のものに比べて、細胞外基質として最も優れていることを見出したという。

左はラミニンの全体像、右は今回私達が示したヒト多能性幹細胞の接着に必要な最小単位のフラグメント(LM-E8)

LM-E8を用いることで、通常はバラバラに解離されると死んでしまうヒト多能性幹細胞でもまったく問題なく接着することができ、さらに細胞同士が集まり生存し、かつ増殖していくことが見出されたという。

従来用いられているマトリゲルに比べてLM-E8では細胞が効率良く接着、生存、増殖していく様子がわかる

さらにLM-E8と臨床応用にも使用可能な既知成分のみを含む培地を用い、ヒト多能性幹細胞の長期培養を行ったところ、1カ月間で従来法よりも200倍以上の効率で細胞増殖させることが可能であることが確認されたほか、染色体異常などが観察されないことと、多能性幹細胞の特性も保持していることも示されたという。

従来法に比べて、1カ月間の培養で200倍以上の効率で細胞を拡大することができるようになった

今回開発された培養法で用いられたLM-E8は、ラミニン全体を調製するよりも簡単で、大量調製に適しているほか、精製の過程で不純物の混入する可能性が少ない点も有利だという。そのため、再生研では、臨床応用に適した(品質保証された)ヒトES細胞株の樹立と、これを用いて臨床研究などを実施する研究機関への分配を計画しているとしており、その実現のために、既知成分のみを含む培地や今回開発した培養基材などを用いて、標準化されたプロトコルによる継代培養を行うことにより、当初の樹立過程で使用された動物由来成分や特定されていない成分(リスク要因)を取り除き、将来の臨床応用に耐える品質保証されたヒトES細胞株を作成する計画とする。

また、それと並行して、ES細胞株の樹立段階から、すべて既知成分での培養を行い、米国の行政機関である食品医薬品局(FDA)などが要求する世界的標準条件に合致する臨床用ヒトES細胞株の樹立を計画しており、凍結余剰胚の新たな提供医療機関の選定や、インフォームドコンセントによる提供に至る手順の見直しなども進めているという。なお現在、日本国内ではヒトES細胞株の臨床応用にむけて「ヒト幹細胞等を用いた臨床研究に関する指針(厚生労働省)」の改訂が進められており、再生研では、この改正指針の施行後、すみやかに樹立研究計画の申請を行えるよう準備を進めることで、早ければ来年中の申請を行いたいとしている。