基礎生物学研究所(NIBB)は、昆虫のアブラムシ(アリマキ)の細胞内に棲む細菌「ブフネラ」が共生している細胞で働く遺伝子群を発見したと発表した。

同成果は同研究所生物機能解析センターの重信秀治 特任准教授と米国プリンストン大学のDavid Stern教授らによるもので、詳細は「Proceedings of the Royal Society B(英国王立協会紀要)」電子版に掲載された。

昆虫のアブラムシ(アリマキ)の細胞内にはブフネラと呼ばれる共生細菌が棲んでおり、お互い相手無しでは生きていけないほど緊密な共生関係を築いています。多くの研究者がアブラムシとブフネラの共生を支える仕組みを研究してきましたが、どのような遺伝子が関わっているかについては、これまであまり分かっていませんでした。今回、基礎生物学研究所生物機能解析センターの重信秀治特任准教授と米国プリンストン大学(注1のDavid Stern教授は、アブラムシにおいてブフネラが共生する細胞ではたらく新しい遺伝子群を発見し、BCR およびSPファミリーと命名しました。この研究成果は、電子版にて、英国時間2012年11月21日に発表されます。

異なる生物種どうしが共生することで、単独では生存が困難な環境に適応し、ニッチを拡大したり新規獲得することが可能となる。昆虫のアブラムシ(アリマキ)は約2億年前にブフネラと呼ばれる細菌と共生をはじめたことが知られており、この栄養共生により、栄養に乏しい植物師管液を餌としながら爆発的な繁殖力を示すようになった。そのためアブラムシ/ブフネラの関係は共生研究のモデル系として認識され、両者の共生を支える仕組みがいくつも研究されてきた。しかし、2000年にはブフネラ、2010年にはアブラムシのゲノムも解読されたものの、どのような遺伝子が共生に重要な役割を果たしているかについては、これまでほとんど分かっていなかった。

研究グループは、アブラムシがブフネラを棲まわせるために持っている特化した共生器官を解剖によって摘出し、どのような遺伝子がはたらいているかを次世代シーケンサー「RNA-seq」を用いて網羅的に調べた。

具体的には共生器官で発現量の高いアブラムシ遺伝子に注目し、イメージングやバイオインフォマティクス技術を駆使することにより、ゲノム解読されていながらも、これまで見過ごされてきた新規遺伝子を13個同定することに成功した。

アブラムシはブフネラと呼ばれる共生微生物を持っており、相手無しでは生存不可能となっている。左がエンドウヒゲナガアブラムシ。右がアブラムシ卵巣内で発生中の卵にブフネラ(内部の小さい顆粒)が垂直感染する様子

これら新規遺伝子は2つのグループに分類され、それぞれ「BCR」および「SPファミリー」と命名された。さらに解析を進めた結果、これらの新規遺伝子のコードするタンパク質はすべて細胞外分泌シグナル配列を持っており、中でもBCRはシステイン残基を多く含む短いペプチドであるなど特徴的な構造を持っていることが判明。BCRとSP遺伝子群の発現はいずれも、アブラムシの胚にブフネラの感染した直後に開始し、以降アブラムシの一生を通して共生器官特異的な発現を維持することが確認された。

共生器官細胞特異的分泌タンパク質BCR4の遺伝子発現パターン(BCR4のmRNAの発現が紺色の染色で表されている)。(a) 胚発生初期。共生細菌感染前の胚発生初期(左側)にはBCR4の発現は観察されない。共生細菌が感染する胞胚期(右側)にちょうどBCR4の発現が始まる。(b) 胚発生後期。BCR4は共生器官のみで特異的に発現している。(c) 成虫の共生器官細胞

この結果は、今回発見したアブラムシの新規遺伝子群がブフネラとの共生に重要な役割を果たしていることを示唆ししたものだと研究グループは説明する。また、近年、マメ科植物と根粒菌の共生においてもシステイン残基を含む短いペプチドが共生システムの維持と制御に重要な役割を果たしていることが報告されてきており、今回の結果を踏まえて、動植物を越えた共生システム進化の共通原理の存在を示唆するものとして、今後の研究展開が期待されるとしている。