今デザインの制作現場は大きな転換期を迎えている。情報媒体は紙、Web、スマートフォン、タブレットと大きく拡がり、そして制作環境もMacやWindows、タブレット端末と、クリエイターが作業したい場所に合わせて選択できるようになった。この「自由な環境」が整えられるまでにどんな進化があったのか、クリエイターのワークスタイルの変化について、遡って考察してみよう。

Macになっても作業時間だけが過ぎていった時代

DTPが本格的に日本で普及し始めた90年代前半、Mac環境はMacintosh QuadraやPower Macintoshが主流だった。「DTPをするならMacは最上位機種を使う」ということが前提だったのだ。それでもメモリは20MB~32MBくらいしか搭載できず、ハードディスクも200MB~300MBと今から思えば貧弱な環境だ。それでDTP用データを作るとなれば、画像レタッチをする場合もちょっと画像を回転させるだけで数分~十数分掛かるような時代だった。

今思えば、"クリエイターのやりたいこと"と"アプリケーションができること"それぞれに、ハードウェアのスペックが追いついていない時代だったと言えるだろう。だからクリエイターはひとつの編集を行うにも内容を吟味したし、何方向も予測して作業を実行した。ひとつ操作を間違えたら取り消しを行うにも時間のロスが生じる。せっかくロットリングで線を引くよりも簡単な「Undo(やり直し)」を手に入れたのに、「そんなにラクになってないなぁ」と感じるのが、当時のデザイン環境だったわけだ。

ハードウェアとOS、フォントの進化によって作業環境選びが自由になった

しかしハードウェアのスペックは「ドッグイヤー」と呼ばれるほど高速に進化する。90年代後半から2000年代に入ると、Mac環境は劇的に高速化されてPowerPC時代へ。そして何かと制限の大きかった日本語環境も使える漢字が増えて組版レベルが向上し、アプリケーションも欧米型から「日本の事情」に合わせた単なる翻訳版ではない「日本語版」が登場する。

そしてハードウェアの進化に伴って、それまで「ハイスペックなマシンでしかデザインやDTPはできない」と考えられてきた常識も徐々に崩れてきた。特に「Adobe Creative Suite 3」が発売された2007年頃には、Mac OS X Leopard時代になってハードウェアもPowerPC G5を搭載したiMacが登場しており「ハイエンドマシンを選ばずともプロの仕事ができる」環境になってくる。

さらに以前はハイスペックなWindowsがないとサクサク編集できないと言われていたPhotoshopの16ビット画像もミドルエンドクラスのMacで十分、というところまで進み、現在では紙媒体のデータを扱うのにハイスペックなMac Proは必要ないところまでになった。

Mac用アプリケーションも64ビットOSに対応したものが増え、よりパワフルに、大容量データを扱える環境が整ったと言えるだろう。

紙以外の媒体が情報媒体として台頭

さて、ここまでは「データを作る側」の環境がどのように進化してきたかという話。ここからは「情報を閲覧する方法」の変化について考えてみよう。ほんの20年程前までは、情報を入手するといえば新聞や雑誌、書籍、カタログなど「紙」が大きな役割を果たしてきた。それが10年前にはパソコンのディスプレイになり、携帯電話になり、現在ではそれらに加えてスマートフォンやタブレット端末と、情報デバイスは多様化する一方である。

そして最近、ビジネスの現場でも見られる機会が増えたiPadを代表とするタブレット端末は、「紙とパソコンのハイブリッド」的な端末として、無視できない媒体に成長してきている。すでに電子書籍端末として大きな期待が掛けられているが、この1カ月で「Nexus 7」、「iPad mini」、「Kindle Fire HD」とポータブル性が高く高解像度な7インチモデルが登場。iPadでタブレット端末の便利さに気づいたユーザーの興味を惹いている。

情報は媒体に合わせて見せ方も形も変える時代

これだけ情報デバイスが増えてくると、デザイナーやクリエイター、プランナーは、情報発信の方法に何を選ぶかが「情報を届ける」上で何よりも重要なポイントになってくる。

もはやデザインの領域はひとつの分野に留まらず、納品されるデータも可動域の広いものが求められているわけだ。たとえば、紙からWeb、あるいはスマートフォン用、またはタブレット端末向けに動画や音声を加える、画面回転に耐えうるレイアウトを考える──読者がどの端末で見るか、そしてその端末にピッタリな見せ方は何かを考えなければ、新しい時代の情報発信には追いつかない。

紙の場合はPostScript、Webの場合はHTMLやFlash、携帯電話にはcHTMLとそれぞれのルールや作り方を覚えれば仕事はできる。しかし、一度作ったデータを他の媒体にも使えるように、とリクエストされると、ひとりのデザイナーがこなす仕事量としては手に負えない状況になってくる。

アプリケーションは複数用意しなければならないし、それぞれのデバイスに合わせたデータ作りのセオリーも学ばなければならない。しかも、納品に余裕があるわけでもない。となると、日常的に畑違いの媒体を意識して仕事のやり方をシミュレーションして予習しておく必要がある。

複合メディア時代に必要な作業環境とは?

そこで生まれたのが「必要なときだけに入手するアプリケーションのレンタル」だ。Adobe Creative Cloudはまさにその発想で生まれたソリューション(アドビの言葉を借りれば「月額払い型サブスクリプションのメンバーシップ」となるが)である。現在アドビで展開されている『CHANGE NOW』でも紹介されているように、「普段は常用しないけれど、仕事によっては使うときもある」ようなアプリケーションも年間ライセンス、あるいは月間ライセンスで利用できるので、わざわざ高価なアプリケーションを用意しておく必要がない。

CS3発売当時は1本ずつソフトを購入するスタイルだったが、今は月々定額で様々なソフトが利用できるスタイルへと変わった

加えて、前述したタブレット端末は、情報端末としてだけではなく制作環境としても期待が高い。街を歩けば公衆無線LANのホットスポットがあり、3G回線ですぐインターネット回線につなげるとなれば、プレゼンテーションのやり方も印刷されたレジュメからノートパソコンやタブレット端末を活用した動的なものに変わる。クラウドサービスの普及を見るまでもなく、「どの端末からも仕事のデータにアクセスできる」ことはクリエイターにとって必須環境になることは間違いない。ただし、アプリケーション独自のファイルをプレビューできるクラウドサービスは皆無に等しく、ここもやはりAdobe Creative Cloudのストレージサービスが便利だ(Adobe Creative CloudではInDesignやIllustratorの独自ファイルをそのままプレビューできる)。

複合メディア時代に必要なのは、ハイスペックなハードウェアよりもワンパッケージで多様な情報媒体と制作環境に対応するソリューションである。Adobe Creative Cloudは、そんな複雑化する今のクリエイティブワークを支援するソリューションのひとつと言えるのではないだろうか。