北海道大学(北大)は10月26日、東日本大震災の被災地である宮城県南三陸町の海岸から、1新種を含む日本最古のベレムナイトの化石を発見し、そこからベレムナイトは約2.3億年前に出現し、地球史上最大級の三畳紀末絶滅イベントを生き延びていたこと、ならびにベレムナイトの原始的なグループが中国と日本のみに産出すること、ベレムナイトは約2億年前にはすでに多様化を遂げ、世界最大級のサイズのものも出現していたことなど、これまでの通説を書き換える成果を得たと発表した。

同成果は同大大学院理学研究院の伊庭靖弘氏、福井県立恐竜博物館の佐野晋一氏、ドイツ・ルール大学地球科学専攻のJorg Mutterlose氏、高知大学理学部の近藤康生氏らによるもので、詳細は米国地質学会誌「Geology」に掲載された。

ベレムナイトはイカに近縁な頭足類でイカに似ているが、体の内部に石灰質の殻を持つことを特長とし、アンモナイトと共に、恐竜時代の中生代の海洋生態系の中で重要な地位を占めていた。

地質年代表

このベレムナイトの内殻が、世界中の前期ジュラ紀から白亜紀末(2~0.65億年前)の地層から化石として見つかっており、ヨーロッパを中心に研究が進められ、地球環境変動を反映したダイナミックな進化史が明らかにされてきた。

ベレムナイトの殻内部構造の模式図と復元図。A:縦断面、B:横断面、C:復元図

こうした研究から現在では、通説としてベレムナイトは、ジュラ紀最初期(ヘッタンギアン期:約2億年前)に、殻の直径5mmほどの小型な種類が北西ヨーロッパに出現し、プリンスバッキアン期(約1.8億年前)までは、ヨーロッパのみに生息し、多様性も低かったと考えられてきた。

三畳紀~ジュラ紀におけるベレムナイトの分布。地図は2億年前の地球を表す。今回の発見によって、中国-日本において原始的グループなどがいたことが明らかになり、ヨーロッパ起源説が否定されたこととなった

実は、ベレムナイトは日本各地でも発見されているのだが、昔の幾つかの分類学的研究があるぐらいで、海外研究者は日本の産出記録をきちんと認識してこなかった。

今回、研究グループが宮城県南三陸町の海岸部での野外調査を実施、ジュラ紀最初期のベレムナイト産出層の層序や堆積環境、化石の産状などを明らかにしたほか、室内で採取された標本の分類学的研究を実施した。また、ヨーロッパの前期ジュラ紀のべレムナイトや、日本と同様に疑問視されていた、中国の後期三畳紀のベレムナイトとの比較検討を行った。その結果、南三陸町から、ヨーロッパでの出現と同時期の、中型と超大型の2種のベレムナイトが多産したことから、「ベレムナイトはジュラ紀最初期にヨーロッパで起源した」とする通説は「後期三畳紀~前期ジュラ紀に現在の南中国や日本周辺に原始的なグループが生息し、ジュラ紀最初期にはすでに多様化を遂げていた」と全面的に改訂する必要があることが明らかとなった。

発掘された南三陸町産の中型のベレムナイトは、鞘さやの背側に1本の溝を持っており、これは一般的なベレムナイトにはない特長となっている。同様の特長を持ったベレムナイトは中国四川省の後期三畳紀カーニアン期の地層(約2.3億年前)からすでに報告されていたが、ヨーロッパの記録よりも遥かに時代が古いことが疑問視され、形態の特異性はほとんど注目されてこなかった。しかし、今回の発見によりこれらの特異なベレムナイトは、ベレムナイトの進化初期を代表する原始的なグループ(おそらく新亜目)を構成するものであると考えられると研究グループでは説明する。

一方、超大型のベレムナイトは、現在のところ部分的な標本しか得られていないとのことだが、前期~中期ジュラ紀に繁栄するグループに属し、鞘の太さ(33mm)はジュラ紀前期末~中期に生息した世界最大級のベレムナイトに匹敵し、大型化がジュラ紀最初期にすで達成されていたことを示唆するものになるという。

ジュラ紀最初期のベレムナイト。A-Eは今回の研究で南三陸町から発見された標本。A-Cは新種であるSichuanobelus utatsuensis。D-Eは超大型種。F-Gはヨーロッパの小型種。C、D、E1、F2、G2は殻の断面

これらの成果から、ベレムナイトの起源は通説であったジュラ紀最初期よりも少なくとも3,300万年ほど遡り、ベレムナイトは三畳紀/ジュラ紀境界の大量絶滅イベント(約1億9960万年前)を生き延びていたことが示されたこととなる。三畳紀/ジュラ紀境界絶滅イベントは地球史の中で発生した5大大量絶滅事変の1つで、アンモナイトのほぼすべてのグループが姿を消すなど、頭足類の歴史上最大の絶滅イベントである。この絶滅イベントがアンモナイトやベレムナイトなどの頭足類の各グループに与えた影響が異なることは、頭足類の進化史と大量絶滅事変の関係を考える上で重要な知見となる可能性があると研究グループは指摘するほか、大型海棲爬虫類(魚竜)やサメ類がベレムナイトを捕食していたことを示す多くの証拠が知られているため、後期三畳紀におけるベレムナイト類の存在は、三畳紀~ジュラ紀にかけての大型捕食者、ひいては海洋生態系の進化解明にも重要な貢献をするものと期待されるとコメントしている。

なお、今回の研究の調査地である南三陸町をはじめとする、宮城県や岩手県の太平洋沿岸地域は、化石を豊富に産する古生代~中生代の地層が広く分布していることが知られており、日本における古生物学の最も重要なフィールドとされている。特に南三陸町からは、多数のアンモナイトや二枚貝化石に加えて、世界最古の魚竜である「歌津魚竜」や、日本で最初に報告された「細浦魚竜」などの大型海棲爬虫類化石も産出しており、今回、研究グループではベレムナイトの初期進化を見直す契機となった、日本最古のベレムナイトの研究が、世界に誇れる地元の自然遺産を改めて認識するきっかけとなればとの願いと、調査に際しての地元の協力への感謝の意を込めて、新種として記載したベレムナイトに「シチュアノベルス・ウタツエンシス(Sichuanobelus utatsuensis)」と、南三陸町の地名「歌津」にちなんだ名前をつけたとしている。また、今回研究された標本については、2012年7月にオープンした「歌津コミュニティ図書館・魚竜」にて解説と共に展示される予定だとしている。

調査地と地質図上の化石産地。宮城県の太平洋沿岸には中生代の地層が広く分布している