理化学研究所(理研)は、特定の病原体(抗原)に対して反応が強い高親和性と、反応が弱い、つまり似た抗原であれば反応しやすい低親和性の2種類の「記憶Bリンパ球」が、免疫反応後の異なる時期に異なる性質を持つTリンパ球の助けによって産生されることを明らかにし、特に低親和性記憶Bリンパ球は、Bリンパ球が活発に増殖する「胚中心」形成前に産生されることも確認したと発表した。

成果は、理研 免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫記憶研究グループの竹森利忠グループディレクター、同・加地友弘研究員、ドイツMDC(Max-Delbrück-Center for Molecular Medicine)の研究者らによる国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、10月1日付けで米科学雑誌「The Journal of Experimental Medicine」オンライン版に掲載され、後に印刷版にも掲載される予定だ。

免疫反応は、体内に侵入した病原体に反応して抗体を作り、侵入した病原体を体内から排除する。同時に侵入した病原体に対する免疫記憶を作り、同じ病原体が再度侵入するとただちに反応して高活性な多量の抗体を作り迅速に排除する仕組みを持つ。

この免疫記憶の仕組みを利用したのがワクチン接種だ。病原性を弱くしたり、なくしたりした病原体や病原体の一部をあらかじめ体内に入れて免疫記憶を作り、病原体の感染に備えているのである。

例えば、麻疹ウイルスワクチン接種では、ワクチン投与後、麻疹ウイルスに対する記憶Bリンパ球を産生し、およそ50年間も体内で維持することで、麻疹に感染することを防ぐことが可能だ。

今までの研究から、記憶Bリンパ球は、(1)過去に抗原の刺激を受けた経験があること、(2)産生後、生体内で抗体を産生することなく長期に維持されること、(3)少ない量の抗原の再刺激で迅速に抗体産生細胞へ分化し多量の抗体を産生すること、という特徴を持つことが知られている。

また、免疫反応の成熟期で重要なイベントは、リンパ組織内の濾胞に胚中心(画像1)が作られることだ。この環境でBリンパ球は盛んに細胞分裂を繰り返し、Bリンパ球が持つ抗体遺伝子に高い確率で突然変異が発生。

その結果、ある抗原に対してだけ高い反応性を持つBリンパ球が産生され、胚中心に局在する「濾胞ヘルパーT細胞」と反応することで、特定の免疫記憶を司る記憶Bリンパ球が選択されると考えられている。

画像1は、胚中心の形成を撮影したもの。点線部分は、免疫反応後、脾臓濾胞内にあるBリンパ球領域で形成された胚中心を示している。活性化されたBリンパ球のマーカーとして用いられるPNA(ピーナッツ由来レクチン)によって、胚中心Bリンパ球(点線内黄色)を組織上で特定することが可能だ。

また、緑色の蛍光物質で標識した「IgG抗体」のマーカーを用いて、胚中心の中でBリンパ球がIgG抗体産生の機能を持つ抗体産生細胞に分化している様子が観察できる(点線内緑色)。

画像1。胚中心の形成

現在、ヒトやマウスの記憶Bリンパ球だけを識別できる単一の分子マーカーはないが、多くのマーカーを組み合わせることで記憶Bリンパ球の同定が可能だ(画像2)。

しかし、免疫記憶形成と維持に関わる因子は未だに同定されていない。これは生体内で記憶Bリンパ球の数が極めて少なく、解析のための十分な細胞の精製が困難なことが主な原因だ。そこで研究グループは今回、免疫記憶の制御機構を明らかにするために、記憶Bリンパ球の産生経路の解明に挑んだのである。

画像2は、記憶Bリンパ球とほかのBリンパ球集団との分別(マウスの場合)を表した比較表。Bリンパ球は、「未感作Bリンパ球」、「IgG記憶Bリンパ球」、「IgG胚中心Bリンパ球」、「IgG抗体産生細胞」と4つに大別される。

Bリンパ球以外の免疫細胞(Tリンパ球、「NK細胞」、「マクロファージ」、「樹状細胞」など)を特異的なマーカーで除外した後、各細胞表面にある受容体(表面抗体、「CD38」、「B220」、「CD138」)とPNA結合性の有無によって、4種類のBリンパ球を分別することが可能だ。

画像2。記憶Bリンパ球とほかのBリンパ球集団との分別(マウスの場合)

研究グループは、蛍光標識をした特定のマーカーを組み合わせて記憶Bリンパ球を分離・精製。そして、この細胞集団が微量の抗原刺激で抗体産生細胞に分化することを確認し、分化する時に活性化する24個の遺伝子を同定することに成功した。

免疫反応が始まると、Bリンパ球は抗原特異的な活性化Bリンパ球や記憶Bリンパ球などを含んだ複数の集団に分化する。その中から記憶Bリンパ球だけの産生経路を導き出すために、各Bリンパ球の細胞表面にある特徴的な受容体などを識別できる表面マーカーを用いて分類した。さらに、各集団について24個の遺伝子の発現有無や時期を調べ、記憶Bリンパ球の経時的な産生経路を明らかにしたのである。

この時、理研免疫記憶研究グループで確立した胚中心Bリンパ球への分化に必須な転写抑制因子「Bcl6」をBリンパ球だけに欠損させるマウスを用いて、免疫反応後の胚中心形成の有無、記憶Bリンパ球の動向が解析された。また、同様にTリンパ球だけに転写抑制因子Bcl6を欠損させるマウスを用いて、濾胞ヘルパーT細胞と記憶Bリンパ球の動態も解析されたのである。

その結果、免疫反応の初期にBcl6を発現しないTリンパ球によって、よく似た抗原があれば結合しやすい低親和性記憶Bリンパ球が産生されることが判明。また、この産生は胚中心形成前に行われることも明らかになった。さらに免疫反応の成熟期には、胚中心および濾胞ヘルパーT細胞の助けにより高親和性記憶Bリンパ球が産生されることが明らかになったのである(画像3)。

画像3は、記憶Bリンパ球は異なった時期に別の経路で産生されることを表した模式図。免疫反応初期に、Bcl6を発現する以前のBリンパ球は、Bcl6を発現しない「ヘルパーTリンパ球(non-Tfh)」の助けで、低親和性記憶Bリンパ球として発達し記憶細胞集団(memory pool)を形成する(上段)。

一方、「抗原提示細胞」として機能する樹状細胞(DC)が提示する抗原で、Tリンパ球が活性化され、転写抑制因子Bcl6を発現した濾胞Tヘルパーリンパ球(Tfh)へ分化。

免疫反応が成熟する頃にBcl6を発現したBリンパ球は、Tfhと反応し胚中心Bリンパ球(GC)へと分化し、最終的に抗原に対して高親和性記憶Bリンパ球として記憶細胞集団に取り込まれる(下段)。

画像3。記憶Bリンパ球は異なった時期に別の経路で産生される

記憶Bリンパ球は再度の抗原刺激に対して迅速に反応し、多量の抗体を産生できる特徴的な性質を持つ。今回の研究により、巧みに変異してゆく病原体に対して柔軟に対応するため、感染防御に必要最低限の機能を持つ低親和性記憶Bリンパ球が素早く産生され、続いて高親和性記憶Bリンパ球の産生によって、再度の抗原の侵入に対して間口を広げた防御機構を構築する新しい免疫システムの仕組みが示された形だ。

その後の研究の進行から、高親和性と低親和性の両経路を介して産生された記憶Bリンパ球が、インフルエンザウイルス感染に対して防御能を発揮する可能性が明らかになり、生体での低親和性記憶Bリンパ球の重要性が確認できたという。

ただ、記憶Bリンパ球へ分化するための主要な遺伝子は未だ不明だ。今回の研究では、免疫反応の初期や成熟期における記憶Bリンパ球集団で活性化する24個の遺伝子を明らかにしたので、今後これらの遺伝子の機能解析を行うことで、記憶Bリンパ球への運命を決定する因子の同定が期待できると、研究グループはコメントしている。