北海道大学(北大)大学院農学研究院の橋床泰之教授らの研究グループは、メタノールのような有機溶媒で洗浄した寒天粉末で作られた寒天平板では幾つかの微生物が生育でき、その洗浄液に含まれる化学物質を寒天平板に戻すと生育がみられなくなることを見出し、フランカルボン酸が大腸菌や環境微生物など多くの細菌でコロニーの広がりを抑制することを突き止めたと発表した。

地球上に存在する細菌の多くは培養することができない難培養微生物であり、その割合は全体の90~99%を占めると言われている。テングサなど一部の褐藻の仲間に含まれる多糖類である寒天は、19世紀後半のパスツールやコッホによって培養支持体(寒天平板)として用いられ、現在でも広く一般に用いられている。

近年になり、スフィンゴモナス属細菌が作り出す多糖類の一種であるゲランガムを寒天の代わりに支持体として用いると、寒天培地では生育しない細菌が同じ栄養条件で旺盛に生育する例が見つかっており、ゲランガムの培養因子に注目が集まるようになってきた。そのため多くの研究者が、難培養微生物の培養を可能にするかもしれないその要因を突き止めようと研究を進めているが、ほとんど何もわかっていない状態であった。

研究グループは、メタノールのような有機溶媒で十分に洗浄した寒天粉末作られた寒天平板ではゲランガムと同じように幾つかの微生物が生育でき、その洗浄液に含まれる化学物質を寒天平板に戻すと生育できなくなることを見出した。この観察から、寒天に含まれる化学物質が細菌のコロニーの広がりを抑えているとの考え、予想された化学因子の探索を実行した。

その結果、2種類のフランカルボン酸の単離同定に成功したという。これらのフランカルボン酸はそれぞれ1gあたりの寒天粉末に5nmol程度(約0.7μg)しか含まれていないが、もともと寒天粉末に含まれる量とほぼ同じ量のフランカルボン酸(平板1枚に数10pg)を加えたところ、コロニーの広がりが明らかに抑制されることを確認し、大腸菌を使った実験では、平板の栄養条件に影響されず、寒天表面でのコロニーの広がりに対する明らかな抑制効果が認められたという。

今回の成果は、フランカルボン酸のコロニー抑制効果のおかげで、いくつかの細菌は隣の細菌のコロニーに飲みこまれてしまうことなく、シングルコロニーの形状を保つことができることを示したものだが、これについて研究グループは「人類は、フランカルボン酸の効能に気付くことなく、100年以上もの間、純粋分離用平板培地として寒天を用いてきたことになる」とコメントするほか、「多くの微生物の効率の良い増殖を抑え込む要因が極微量の抑制化合物であることが示された。これらを取り除いた培地を開発することで新たな細菌培養研究の一端が開けるはず」と難培養微生物の活用による創薬や有用産物生産などが進展することへの期待を示している。