東京大学は、植物細胞の形を決める遺伝子セットを同定することに成功し、その分子的な仕組みも解明したと発表した。成果は、東大大学院 理学系研究科の小田祥久助教(JSTさきがけ研究員兼任)と福田裕穂教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、9月15日付けで「Science」オンライン版に掲載された。

植物の体はさまざまな形の細胞によって作られている。植物細胞は硬い細胞壁に覆われており、この細胞壁の形が最終的な植物の細胞の形を決定する。細胞壁の主成分は「セルロース微繊維」だ。

細胞膜のすぐ下に並ぶ「表層微小管」と呼ばれるレールに沿ってセルロース合成酵素が動くことによって、セルロース微繊維が適切な場所・方向に作られる。しかし、ロバート・フックが顕微鏡を用いてコルクの薄片に植物細胞を発見して以来、約350年間、植物細胞の形を決定するメカニズムは明らかになっていなかった。

そこで研究グループは、特徴的な形の細胞壁に覆われる「木質細胞」に着目し、細胞壁の形を決定する仕組みを解析。木質細胞の細胞壁はとりわけ厚く丈夫だが、「壁孔」と呼ばれる、水を通すために細胞壁が厚くならない部分があり、この壁孔の数や形が木質細胞の細胞壁の形を決める。

研究チームはまず、シロイヌナズナの培養細胞を用いて、木質細胞を試験管内で作り出す細胞培養システムを構築し、このシステムを用いて木質細胞で発現する遺伝子を「DNAマイクロアレイ法」により解析した。さらに高速・高感度の顕微鏡を用いて、細胞壁形成に伴って発現する遺伝子を探索した結果、壁孔で機能する4つの遺伝子を同定することに成功したのである(画像1)。

これらの遺伝子はそれぞれ、「small GTPase」の1種である「ROP GTPase(ROP11)」とその活性化因子「ROPGEF4」および不活性化因子「ROPGAP3」、そしてROP GTPaseと微小管の両方と結合するタンパク質「MIDD1」をコードしていた。

これら4つの遺伝子を植物の表皮細胞に導入したところ、木質細胞の細胞壁とそっくりの形をこれらの遺伝子産物によって作り出すことに成功した(画像2)。このことについては、研究グループは「驚くべきこと」とコメントしている。

植物細胞の"形を決める"遺伝子の働き。画像1(左):壁孔で機能する4つの遺伝子。画像2:表皮細胞に4つの遺伝子を導入したところ、木質細胞型の細胞壁となった

この現象を詳細に調べた結果、ROPGEF4(活性化因子)とROPGAP3(不活性化因子)が協調的に働くことで、ROP11(GTPase)が細胞膜上で局所的に活性化されることが判明した(画像3)。活性化したROP11(GTPase)はMIDD1と結合し、その近傍の表層微小管の先端を分解することで、細胞壁の形成を抑制し、壁孔を作り出していたのである。

一方、表層微小管は先端以外の部分では、MIDD1を介して活性化したROP11(GTPase)を細胞膜から排除することがわかった(画像4)。このように、表層微小管と活性化したROP11が互いに抑制することで、細胞壁の形が作り出されていたのだ。

「形を決める」遺伝子の産物と微小管の相互作用が細胞壁の形を決める。画像3(左):ROPGEF4(活性化因子)とROPGAP3(不活性化因子)が協調的に働くことで、ROP11(GTPase)が細胞膜上で局所的に活性化される。画像4:表層微小管は先端以外の部分では、MIDD1を介して活性化したROP11(GTPase)を細胞膜から排除する

研究グループによれば、これらの遺伝子は木質細胞以外の細胞でも発現していることから、木質細胞以外のさまざまな細胞の形の決定にも関わる可能性があるという。

これらの遺伝子が発見されたことで、今後、植物細胞の形や機能を自在に制御する新しい技術の開発が可能となるともコメント。この技術を応用することで、生育の速い有用植物や、加工しやすい植物バイオマスの作出などにつながると期待されるとしている。