横浜市立大学は、理化学研究所(理研)と基礎生物学研究所(基礎生物研)の協力を得て、重篤な精子形成不全により不妊になる遺伝子変異マウスの精巣組織を体外で培養し、精子形成を誘導し精子を産生することに成功し、産生された精子細胞を用いて産仔も得られたと発表した。
成果は、横浜市大 学術院医学群 泌尿器病態学の小川毅彦准教授、同・佐藤卓也博士研究員、同・窪田吉信教授、理研 バイオリソースセンター 遺伝工学基盤技術室の小倉淳郎室長、基礎生物研 生殖細胞研究部門の吉田松生教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間9月11日付けで「米科学アカデミー紀要((Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)」に掲載された。
研究グループは、新生仔マウス精巣組織を器官培養し、精子産生と産仔に成功し、2011年3月にその成果をNatureに報告した。その後も、男性不妊症の診断・治療に貢献するため、研究グループはプロジェクトを進め、同技術の研究を続けてきた。
そして今回、不妊マウスの精巣組織片を、精子形成誘導するための「サイトカイン」を添加した培地で培養することで、精子形成を誘導し精子産生に成功した形だ。(画像1)。
現状ではカップルのおおよそ10~15%が不妊とされ、その約半数は男性側に原因があるといわれている。そして、それら男性不妊のおよそ4分の3は、精子形成障害によるものだが、それらの病態はほとんど明らかになっておらず、有効な治療法は確立されていない。
精子形成障害の病態を精巣内の細胞レベルで考えてみると、その原因は生殖細胞自身に起因する場合もあるが、ホルモンや成長因子などの異常による精巣内環境に問題がある場合、あるいは両方の要因に起因する場合も考えられている。
今回の研究では、精巣内環境異常による男性不妊のモデルとして、「Sl/Sl d マウス」を対象として、治療法の開発が試みられた。Sl/Sl d マウスは、「セルトリ細胞」が発現する精子形成に必須の成長因子である幹細胞因子「c-kit ligand(KITL)」に欠損があり、「膜結合型KITL」を作ることができない。そのため精子形成がまったく進行せず、精巣内には未熟な「精原細胞」がわずかに存在するのみになる代表的な不妊マウスだ。
なおセルトリ細胞とは、精上皮の基底側から管腔側に向かって伸びる柱状の細胞のことである。精細胞の支持、栄養供給、種々のタンパク質の分泌などの機能を有する。また精原細胞とは、精子の元となる細胞のことだ。精子形成は、精原細胞から、減数分裂を行う「精母細胞」、「円形精子細胞」がダイナミックな形態変化を伴う精子変態へて精子を作る一連の過程をいう。
そのSl/Sl d マウスの精巣組織を、「組換え体KITL」を添加した培地で器官培養したところ、精子形成が進行して精母細胞と少数ながら円形精子細胞が形成されることがわかった。
さらに、マクロファージ刺激因子「Colony stimulating factor-1」を追加するとKITLと相乗的に作用し、精子形成をさらに促進し、精子産生されることも発見されたのである(画像2)。
そこで産生された精子細胞を用いて顕微授精実験を行い、産仔を得ることに成功した。その仔マウスは正常に成長し、自然交配にて孫世代の子孫も産生したことから、生殖能も正常であることが確認されたのである(画像3)。
これらの結果は、精巣内環境異常により精子形成不全となっている不妊症の場合には、その精巣組織を適切な条件で培養することにより、精子産生できる可能性があることを示すものだ。
なお、現段階ではヒトの精巣組織の培養自体が難しいため、今回の技術をすぐさまヒトに適用することはできないが、将来的な不妊治療への道筋を示したとして、非常に意義深いものと考えられると、研究グループは述べている。