東京大学、京都産業大学、国立天文台、東京理科大学の研究者からなるグループは7月24日、すばる望遠鏡を用いて、119億光年先に存在する重力レンズクエーサー「B1422+231」の4つに分裂した像の内のAとBの赤外スペクトルを分離して取得することに成功し、その結果として吸収線を検出した118.5億年先に存在するガス雲が「Ia型」超新星の残骸であることを明らかにし、これまでの約93億光年から最遠記録を更新したことを発表した。
成果は、東大大学院 理学系研究科 天文学教育研究センターの濱野哲史大学院生、同小林尚人准教授、同ビッグバンセンターの茂山俊和准教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、「The Astrophysical Journal」に掲載された。
銀河系からはるか遠方に存在する非常に活動的な天体であるクエーサーを分光観測すると、そのスペクトル上に手前のガスによる多くの吸収線が観測され、その詳細な性質を間接的に知ることが可能だ。
いわばクエーサーを背景とした「影」を用いるこの手法は、遠方の宇宙に存在するガスを高感度で観測できる唯一の手段として近年注目されているが、クエーサーと地球を結ぶ1視線上でしかガス雲を観測できないため、そのガス雲の肝心な情報(広がりや運動)がわからない、という大きな問題があった。
研究グループは重力レンズクエーサーによる拡大効果に着目した吸収線の研究を進めている。重力レンズ効果を用いることで吸収線で検出されるガス雲を何百倍にも拡大して調べることが可能になり、その大きさや性質を精密に調べることが可能になるのだ。
今回の研究ではその初期成果として、重力レンズクエーサーの中でも特に明るく強い重力レンズ効果で4つの像に分裂しているB1422+231という天体をすばる望遠鏡の8.2m主鏡と高感度な近赤外線高分散分光装置「IRCS」を用いて観測し、分裂した像の内の最も近接したA、B像の赤外スペクトルを取得することに成功した。
その結果、スペクトル上に118.5億光年先に位置するガス雲に含まれるマグネシウムや鉄など重元素による吸収線を検出。この天体のA、C像の可視光スペクトルを取得したアメリカのグループによる先行研究では、このガス雲は膨張運動していることが示唆されており、今回の研究では従来困難であったB像の観測に成功したことで、さらにこのガス雲の大きさ・運動を明らかにすることができ、その結果超新星残骸であることの確認に成功した次第だ。
今回の研究は最遠方の超新星残骸の発見であると共に、宇宙論的スケールでの遠方のガス雲の正体を具体的に解明した世界で初めての例となるという。
また吸収線からこのガス雲には鉄が多く含まれていることも明らかになった。まだ重元素の合成が十分に進んでいないはずの約120億年前に存在したにも関わらず鉄が多く含まれていることから、このガス雲は超新星残骸の中でも爆発時に鉄を多く放出することが知られているIa型と呼ばれる超新星爆発の超新星残骸であることが示唆される。
Ia型超新星はこれまで爆発の瞬間の放射光によって観測されてきたが、最遠のは冒頭で述べたように約93億光年だった。今回の「吸収線」によって検出された約120億光年先のIa型超新星の残骸はこの記録を更新し、宇宙の初期に迫っている。
これは、宇宙が始まってからまだ20億年程度しか経っていない時代においてすでにIa型超新星による重元素の合成が活発に進んでいることを示す重要な結果であり、宇宙における元素合成史の解明に示唆を与えることが期待されるという。
なお、下の画像は、重力レンズクエーサーで検出された超新星残骸の概念図だ。119億光年先にあるクエーサーから放たれた光(黄線)が手前に位置するレンズ銀河の重力によって曲げられて地球に複数の方向から届くのを利用している。
今回の研究のターゲットであるB1422+231は、観測者から見るとA、B、C、Dの4つの像に分裂しているように見えるタイプだ。これら4つの光線は118.5億光年先にあるガス雲の中を通り、その中に含まれるさまざまな元素によって特定のスペクトルが吸収される。
今回の研究ではこの4つの内のA、Bの光を観測し、それぞれのスペクトルに紫と白の丸で示したガス雲に入射するところとガス雲から出るところに対応する2本の吸収線を検出した。この吸収線の特徴からこのガス雲が水色の矢印で示したような膨張運動していることがわかり、超新星残骸であることが明らかになったというわけだ。
なお研究グループは今後も、多くの重力レンズクエーサーの分光観測を行い、100億光年以上先の遠方宇宙におけるガス雲の物理状態や銀河形成史の解明を引き続き進めていく予定だ。