千葉大学、東京工業大学(東工大)、名古屋大学(名大)、早稲田大学(早大)の4者は6月15日に共同で、光合成微生物である「シアノバクテリア」を用いて、「概日時計(サーカディアンクロック)」が生み出す時間情報を24時間周期で変動する遺伝子発現リズムに伝える分子機構の詳細を解明したと発表した。

成果は、千葉大 大学院園芸学研究科の華岡光正特任准教授、東工大 資源化学研究所の田中寛教授、名大 大学院理学研究科の近藤孝男教授、早大 理工学術院の岩崎秀雄教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米科学雑誌「The Journal of Biological Chemistry」2012年8月号への掲載予定に先立ち、オンライン版は公開済みだ。

地球の自転により生じる昼夜の明暗サイクルは、多くの生物にとって大きな環境変動といえよう。生物がその時間を知り、あらかじめプログラムされたサイクルで代謝などのさまざまな生体機能をコントロールすることは、効率のよい生命活動を営む上で大変重要と考えられる。概日時計は、さまざまな生命現象を約24時間周期で維持するための内的なシステムであり、ヒトを含めた幅広い生物種が持つ。

今回の研究の材料として用いたシアノバクテリアは、すべての植物の葉緑体の共通祖先と考えられている、酸素発生型の光合成を行う「原核生物(バクテリア)」である。

シアノバクテリアの概日時計の中心振動体は、「KaiA」、「KaiB」、「KaiC」と呼ばれる3種のタンパク質のみにより構成されていることが確認済みだ。また、この振動子が生み出す時間情報は、ゲノム全遺伝子の1/4に及ぶ約700の遺伝子発現リズムに出力されることが示されている。

周期的に発現するこれら高振幅遺伝子の転写は、「ヒスチジンキナーゼSasA」と、「レスポンスレギュレーターRpaA」から構成される二成分制御系を介した調節を受けることが知られていた。

しかし、出力系の詳細なメカニズム、つまりどのようなメカニズムで24時間周期の遺伝子発現リズムが生成されるかについての「時計の針の動き」に関する実体は、これまで謎だったのである。

そこで今回の研究では、SasA-RpaAからなる二成分制御系がどのように周期的に発現する遺伝子の転写制御に関わるかを明らかにすることを目指し研究が開始された。

まずは「ゲルシフト法」、「クロマチン免疫沈降法」と呼ばれるDNA-タンパク質間の結合を検出する方法を用いて、ターゲット遺伝子へのRpaAの結合についての調査を実施。

しかし、試したどのような条件においてもRpaAとDNA間の明確な結合は認められなかった。そのため、24時間周期を生み出す転写制御においては、RpaAだけではなく、何か別の制御因子がRpaAと協調的に機能している可能性が考えられたのである。

その候補として挙がった因子が、RpaAの「ホモログ」であるRpaBだった。RpaBはシアノバクテリアの光合成機能を強光ストレスから守るために働くことが、これまでの研究で報告されている。しかし、概日時計の出力系で機能することはまったく示されていなかった。

同様の解析手法によってRpaBとターゲット遺伝子プロモータ間の結合が調べられた結果、時計遺伝子kaiBCのプロモータ領域に特異的に結合するのはRpaAではなくRpaBであることが、世界で初めて突き止められたのである。

また、4時間ごとの連続的なサンプリングを行い、1日のさまざまな時間帯におけるRpaAとRpaBの結合パターンを詳細に調べたところ、夜間に特異的に見られるRpaBの結合は、朝方から昼間にかけて徐々に弱まり、夜間になると再び強く結合した状態に戻るという周期的な結合パターンを示すのが確認された(画像1)。

この24時間周期の結合パターンは、kaiBCなどターゲット遺伝子のメッセンジャーRNA(mRNA)の発現パターンとちょうど逆相関の動きを示す(RpaBが結合していると転写が抑制され、RpaBが外れることにより転写が活性化される)ことから、RpaBは負の転写因子として機能することが示されたのである(画像1)。

一方でRpaAは、何れの時間においても結合が認められず、DNAに結合しない形で転写制御に関与していることが示唆された(画像1)。

画像1。1日24時間周期におけるRpaA、RpaBの結合パターンの変化

次に、RpaAとRpaBによる協調的な転写調節機構をさらに明らかにするために、両者を同時に加えた際にどのように結合パターンが変動するかが調べられた。

RpaBがDNAに特異的に結合することは前述した通りだが、この状態でRpaAを徐々に加えた結果、RpaBによる結合が失われることがわかったのである。すなわち、夜間にRpaBの結合により抑制されていた転写を、朝方~昼間にかけてRpaAが解除している可能性が強く示唆されたというわけだ(画像2)。

このようにして、RpaAとRpaBがそれぞれ正・負の転写因子として協調的に働くことで、時計の振動中心から得られた時間情報を正確にゲノム全体の遺伝子発現リズムに伝達しているものと予想された。

また、このシステムの下流には「RNAポリメラーゼ」の調節サブユニットである「シグマ因子」の遺伝子群も含まれており、RpaAとRpaBによって出力された時間情報は、これらシグマ因子を介してゲノム全体の約1/4にも及ぶ多くの遺伝子群の転写振動に増幅されていると考えられたのである(画像2)。

画像2。RpaAとRpaBによる概日時計に依存した協調的な転写調節のモデル

真核生物の概日時計は、これまで動物・植物を問わず転写翻訳のフィードバック制御が重要な役割を果たすことが示されてきた。つい最近になって、遺伝子発現を介さない振動体の存在を示唆する結果が報告されて大きな話題となったが、それでも中心振動体の実体については現在もまだ明らかにはされていない。

一方で、原核生物であるシアノバクテリアにおいては、中心振動体がKaiA、KaiB、KaiCの3つのタンパク質のみから構成されること、その内KaiCのリン酸化リズムが約24時間の周期を決定する上で重要であることが示されてきた。

しかし、この中心振動体とゲノムワイドな遺伝子発現リズムをつなぐ出力系の詳細は謎のままだったというわけだ。今回の研究では、すべての生物を通して初めて、両者をつなぐ直接的、かつ完全なループの解明に至ったといえる。

植物や微生物の光合成機能は、環境問題、食糧問題を解決するための「グリーン・イノベーション」として最近特に注目されているのはご存じの通り。光合成機能をうまく利活用するためには、これら光合成生物の持つ環境適応機構を理解することが必要不可欠であるのは間違いない。

概日時計機構は、光合成を初めさまざまな代謝機能を最適化するため、生物が備えた究極的なシステムと考えることができる。今回の研究により、シアノバクテリアの細胞が24時間周期のリズムを遺伝子発現レベルで生成するメカニズムが明らかになり、時計の中心振動体から転写リズムを介して再び時計タンパク質に至る全体像を解明することに成功した。

この成果は、将来、概日時計のシステムを利用して光合成能や生産性を向上させるなどの応用研究に展開する上での大きな手がかりとなり、農学分野における実用化への道が拓かれたと同時に、概日時計機構は動物にも広く見いだされることから、医学・薬学分野への応用も期待できるという。

さらに、正と負の転写因子が協調的に機能することで24時間周期の遺伝子発現が生み出されることから、この時計の仕組みを分子スイッチの設計などに利用する合成生物学分野への応用も期待されるとも、研究グループはコメントしている。