京都大学と英ケンブリッジ大学を中心とする国際研究チームは6月12日、アルマ(ALMA:Atacama Large Millimeter/submillimeter Array=アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)望遠鏡を用いて124億光年彼方の「サブミリ波銀河」を観測し、この銀河に含まれる窒素が放射する電波を検出することに成功したと発表した。
今回の成果は、日本の研究者が代表を務める研究としてはアルマ望遠鏡の共同利用観測に基づく最初のものであり、これまでにアルマ望遠鏡が見た最も遠方の宇宙に関する観測成果となっている。
成果は、京大白眉センター(京大次世代研究者育成支援事業「白眉プロジェクト」)の長尾透准教授、ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所のRoberto Maiolino教授、欧州南天天文台(ドイツ)APEXプロジェクトサイエンティストのCarlos De Breuck氏、英リーズ大学のPaola Caselli教授、京大理学研究科所属兼日本学術振興会特別研究員の廿日出文洋(はつかで・ぶんよう)氏、国立天文台アルマ東アジア地域センタースタッフの西合一矢氏らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、欧州天文学専門誌「Astronomy and Astrophysics」のレター部門に掲載された。
サブミリ波銀河とは、進化途上にあり激しい星形成活動を起こしている種類の銀河だ。可視光を遮る大量の塵に覆われているため、すばる望遠鏡などの光学望遠鏡では詳細な観測が困難という特性を持つ。
アルマ望遠鏡は、大量の塵にも遮られることのないミリ波やサブミリ波での観測が可能であり、かつ微かな電波をもキャッチできる驚異的な感度を有している。
そうしたアルマ望遠鏡の特徴を活かして検出した電波の性質を、モデル計算と比較したところ、宇宙誕生からわずか13億年しか経ていない初期宇宙にあるこの銀河での元素組成が、すでに現在の宇宙の元素組成に近いことが明らかになった。この結果は、初期宇宙において、激しい星形成活動が起こったことを物語っている。
数千億もの星々からなる銀河は、宇宙の歴史の中でいつ頃、どのように生まれ育ってきたのだろうか。我々の太陽系の中心にある太陽も、天の川銀河に含まれる無数の恒星の内の1つにすぎない。つまり我々の住む世界を理解するためには、銀河の進化の理解が必要だといえよう。
この銀河進化を調べる有効な手段に、銀河の「成分調査」がある。つまり、銀河を構成する物質がどのような元素からできているかを調べるものだ。天文学では、遠方の銀河を観測することは、昔の宇宙における銀河を調査することに対応している。実際にこれまでのすばる望遠鏡などを使った遠方銀河に対する可視光観測により、宇宙のさまざまな時代における銀河の成分調査が進められてきた。
しかし、激しく星を生成している途中の段階にある銀河は大量の塵に覆われており、そうした塵は可視光を遮ってしまう。また、こうした銀河は初期宇宙に多く存在するが、その観測のためには極めて遠方の宇宙にある非常に暗い銀河を調べる必要がある。そのため、従来の可視光による観測では、遠方にある活発な星形成活動をしている銀河の成分調査が困難なことが問題になっていた。
そこで研究グループは、大量の塵があっても遮られることなく銀河を調査できる波長が1mm程度の電波であるミリ波に着目し、進化途上にあり激しい星形成活動を起こしている「サブミリ波銀河」と呼ばれる銀河をミリ波の観測で調べることにしたというわけだ。
ただし、実際の観測は容易ではない。銀河の成分調査を行うためには複数の元素が放射する電磁波(輝線)を検出し、その強度比を調べる必要がある。遙か彼方にある銀河から放射され、地球上まで届く微弱な信号を検出するためには、極めて高い感度が必要だ。
研究チームは昨年、欧州南天天文台のAPEX望遠鏡を用いて、ろ座の方向124億光年彼方にある「LESS J033229.4-275619」(LESS J0332)と呼ばれるサブミリ波銀河を観測し、炭素の輝線の検出に成功している。しかし、これまでのミリ波帯の観測装置では感度が圧倒的に不足していたため、炭素以外の元素を調べることができず、この銀河の成分調査を行うことができなかった。
この感度不足の問題を一気に解決したのがアルマ望遠鏡だ(画像1)。長尾准教授らはアルマ望遠鏡を用いてLESS J0332が含む窒素が放射する輝線を観測して、すでに観測した炭素の輝線と比較することでこのサブミリ波銀河の成分調査を行う計画を提案し、見事アルマ望遠鏡の観測時間を獲得したのである。なお、観測時間獲得のための競争率は約9倍という高さだ。
画像1は、標高5000mのアルマ望遠鏡山頂施設に並ぶパラボラアンテナ群を撮影したもの。まだアンテナを設置中で、5月半ばに全66台の内の半数の設置が完了したばかり。今回の研究では、18台のパラボラアンテナが使用されている。
観測は2011年10月から2012年1月にかけて断続的に行われた。その結果、見事にLESS J0332が含む窒素が放射する輝線を検出することに成功した(画像2)。
画像2は、今回の観測でアルマ望遠鏡が捉えた、サブミリ波銀河LESS J0332(画面中央)が放射する窒素の輝線。画面の上側が北方向、左側が東方向。黄色の矢印のサイズは1秒角に対応し、これはLESS J0332において約2万光年のサイズに相当する。画面左下の白丸は、今回の観測の際のアルマ望遠鏡の空間分解能の大きさ。
画像1。標高5000mのアルマ望遠鏡山頂施設に並ぶパラボラアンテナ。(c)アルマ望遠鏡(国立天文台、欧州南天天文台、アメリカ国立電波天文台) |
画像2。今回の観測でアルマ望遠鏡が捉えた、サブミリ波銀河LESS J0332(画面中央)が放射する窒素の輝線。(C)ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)、京都大学 |
そして画像3は、今回アルマ望遠鏡で観測した窒素の輝線と、すでにAPEX望遠鏡で観測済みの炭素の輝線のスペクトル(輝線を放射するガスの速度ごとに電波の強度を示したもの)を比較したものだ。
縦軸の目盛から、APEX望遠鏡で観測した炭素の輝線に比べて今回観測した窒素の輝線の明るさが10分の1以下であることがわかる。この炭素の輝線を検出するためにAPEX望遠鏡で要した総観測時間は14.5時間だった。
一方、その10分の1以下の明るさしかない窒素の輝線を検出するためにアルマ望遠鏡で要した総観測時間は、わずか3.6時間だった。完成前とはいえ、いかにアルマ望遠鏡の感度が絶大かがわかる。
今回の研究の代表者である長尾准教授は「当初は、なんとかギリギリ検出できるかどうかといった厳しい観測になるかと思っていましたが、こんなにも明瞭に窒素の輝線が検出できていることがわかった時には、本当に驚きました」と、アルマ望遠鏡の実力がいかに圧倒的かということを思い知らされたと語っている。
また、共同研究者でミリ波帯の観測に詳しい廿日出研究員は「アルマ望遠鏡の感度の良さには大変驚きました。アルマ望遠鏡は従来のミリ波・サブミリ波干渉計と比べるとアンテナ数が多いので画像に人為的な構造が現れにくく、そのため短い観測時間でも非常に綺麗な画像が得られたのでしょう。今回の結果は、アルマ望遠鏡があってこそ成し得た成果だといえます」と述べている。
画像3は、今回アルマ望遠鏡で観測した窒素の輝線(下段)と、APEX望遠鏡ですでに観測していた炭素の輝線(上段)のスペクトル(可視光での水素の輝線観測から決めた銀河の平均的速度に対する、輝線を放射するガスの速度ごとに電波の強度を示したもの)。
ヒストグラムが実際の観測データで、実線は観測データをモデルでフィッティングしたもの。mJy(ミリジャンスキー)は電波の強度を表す単位。1mJyは1平方メートルに入射する1Hzあたりの電波のエネルギーが10-29Wであることに相当する。
画像3。今回アルマ望遠鏡で観測した窒素の輝線(下段)と、APEX望遠鏡ですでに観測していた炭素の輝線(上段)のスペクトル(可視光での水素の輝線観測から決めた銀河の平均的速度に対する、輝線を放射するガスの速度ごとに電波の強度を示したもの)。(c)ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)、京都大学 |
研究チームは、観測された窒素と炭素それぞれの輝線の明るさの比と理論計算とを比較して、LESS J0332の成分調査を行った。その結果、LESS J0332を構成する元素の組成がビッグバン直後の宇宙の元素組成(ほぼ水素とヘリウムだけからなる状況)とは大きく異なり、むしろ現在の宇宙における太陽の元素組成(さまざまな元素が豊富に存在する状況)に近いことが判明したのである。
LESS J0332は124億光年彼方にあり、これはビッグバン後わずか13億年ほどの若い宇宙に対応する。長尾准教授によれば、サブミリ波銀河は比較的大質量の銀河が進化途上にある姿だと考えられているという。
そして、LESS J0332が太陽に近い元素組成をすでに持っているという今回の研究の結果は、こうした大質量銀河の化学進化が初期宇宙において急速に進行したこと、つまり初期宇宙で短期間に活発な星形成が起こったことを示していると、この発見の意義を語っている。
ちなみに画像3をもう一度よく見て見ると、今回アルマ望遠鏡で観測した窒素の輝線とAPEX望遠鏡で以前に観測した炭素の輝線でスペクトルの形状がやや異なる(左右方向にずれている)ことがわかるはずだ。
この理由としては、さまざまな可能性が考えられる。研究チームが考えている1つの可能性は、銀河合体などの影響によりLESS J0332における元素組成が不均一になっているのではないかというものだ。
残念ながら、今回の観測データでは空間分解能が不足していて、LESS J0332の形状や元素組成比の空間分布を調べることができない。しかし、本観測データは、完成前のアルマ望遠鏡によって得られたものだ。アンテナ台数が増え、本来の性能を発揮できるようになったアルマ望遠鏡なら、空間分解能は大幅に向上するのはいうまでもない。
驚異的な感度と空間分解能を組み合せて、完成したアルマ望遠鏡の観測でもってLESS J0332における元素組成の内部構造にまで迫りたいと、長尾准教授は展望を語っている。