理化学研究所(理研)は、「銅酸化物高温超伝導体」が絶縁体から超伝導体へと変化する過程を原子分解能で可視化することに成功し、「擬ギャップ状態」が数平方ナノメートル(平方nm)程度の領域で出現し、その増加が超伝導発現に関与している可能性を明らかにしたと発表した。

成果は、理研基幹研究所 無機電子複雑系研究チームの幸坂祐生基幹研究所研究員、髙木英典チームリーダーらの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間5月21日付けで英科学雑誌「Nature Physics」オンライン版に掲載された。

銅酸化物高温超伝導体は、銅と酸素の2次元四角格子を基本構造とし、それが層状に積み重なった構造を持つ超伝導を示す化合物の総称だ。この化合物群では、超伝導が液体窒素温度(-196℃)以上でも起こることから、特に高温超伝導と呼ばれている。最初の化合物「La2-xBaxCuO4」は、1986年にJ.G.BednorzとK.A.Mulleによって発見された。超伝導を示す温度の最高記録は「HgBa2Ca2Cu3Oy」の-138℃だ。

超伝導の標準理論であるBCS理論では、このような高い温度での超伝導は説明できないと考えられている。そのため、超伝導発現機構の解明は現代物性物理学における未解決問題の1つとして研究競争が繰り広げられている状況だ。

銅酸化物高温超伝導の舞台は、前述したように銅と酸素からなる2次元四角格子だ。高温超伝導体の母物質では電子は互いに強く反発しており、銅・酸素格子上で配列して動けなくなっている。

この状態から電子をいくつか抜き去って空席(「正孔」)を作ると、その空席に飛び移ることで電子は動き回れるようになる仕組みだ(画像1)。銅酸化物高温超伝導体では、母物質の絶縁体に化学的な方法で正孔を導入すると超伝導が起きるのである。

画像1。銅・酸素2次元格子内における電子と正孔

超伝導の発現機構を解明するためのカギであると考えられているのが、銅酸化物高温超伝導体に特徴的な電子状態の1つである擬ギャップ状態と呼ばれる現象だ。絶縁体から超伝導体へ変化する過程に存在し、絶縁状態とも超伝導状態とも異なる状態である。その起源と超伝導状態発現機構との関連が、長い間議論の対象となっていた。

擬ギャップ状態は、正孔の導入に従い、絶縁状態から超伝導状態へと変化する途中に現れる。擬ギャップ状態が、なぜ「擬」がつくのかというのは、超伝導状態になると、特定のエネルギー帯の中に電子が存在しなくなる「エネルギーギャップ」とにているからだ。擬ギャップ状態においても、超伝導状態でのエネルギーギャップと類似した電子の存在しないエネルギー帯が観測されるのである。しかし、超伝導状態ではないため「擬」ギャップ状態と呼ばれるというわけだ。

擬ギャップ状態は、20年以上にわたって常に最先端の手法を用いながら、その正体を明らかにするための研究が行われてきた。現在のところ、超伝導状態と競合すると考えられている。しかし、試料全体の特性を測る従来の手法を使った研究では、絶縁体から超伝導体へと変化する過程の詳細や擬ギャップの正体は明らかになっていない状況だ。

研究グループは、「走査型トンネル顕微鏡」を用いた「分光イメージング」手法を用いて、銅酸化物高温超伝導体の1つである「Ca2-xNaxCuO2Cl2」について、銅・酸素格子上の電子励起スペクトルの空間分布が約0.05nm間隔で測定された。

走査型トンネル顕微鏡が用いられたのは、同顕微鏡が原子1個に至るまでの解像度があるからだ。金属探針を試料表面に1nm程度まで接近させた状態で探針と試料の間に電圧をかけると、両者の間に量子力学的なトンネル効果による「トンネル電流」が流れる。走査型トンネル顕微鏡は、このトンネル電流を利用することで試料表面の形状を解像する顕微鏡だ。

トンネル電流の大きさは探針と試料表面の距離に指数関数的に依存するので、トンネル電流が一定になるように探針―試料間距離を変えながら探針を走査することで、試料表面の形状を原子1個に至るまで解像することができる仕組みである。

探針と試料の間の電圧を掃引するとトンネル分光ができ、探針を走査する途中の各位置でトンネル分光を行うのが分光イメージングだ。単なる形状測定に比べて得られる情報は格段に増えるが、装置の安定性もまた格段に必要とされるのがメリットとデメリット。研究グループは、1日当たりに0.1nm以下のズレしかないという世界最高レベルの安定性を誇る装置を開発し、それが今回の測定を可能とした。

またCa2-xNaxCuO2Cl2についてだが、x=0(母物質)は絶縁体であり、xの増加に伴いx>0.08で超伝導を示すようになる。絶縁体から超伝導体に至る広い組成範囲で化学的に安定であるが、Naの導入には数万気圧の高圧が要求されるため、研究グループが京都大学に建設した特殊な大型高圧合成装置を用いて単結晶育成を行った。

雲母のように良好な「へき開性」(力を加えた時に、一定方向に割れやすいこと)を示すことから、今回の研究のように走査型トンネル顕微鏡を用いて絶縁体から超伝導体への変化過程を精密測定する目的に最適であるとされる。

話をCa2-xNaxCuO2Cl2の走査型トンネル顕微鏡での観察に戻すと、これは電子が持つエネルギーと密度(局所状態密度)の測定だ。原子分解能で電子の状態の精密な「地図」を作ることに相当する。

この精密測定により擬ギャップ状態は、絶縁体の「海」の中に数平方nm程度の小さな「島」として現れることが発見された。また、擬ギャップ状態の空間分布は「2回対称」であり、その周囲の絶縁性領域(「4回対称」)と明確に区別されることが明らかになったのである。

あるパターンを中心軸の周りに360/n度回転すると元のパターンと一致する時、そのパターンはn回対称であるという。つまり、2回対称とは180度、4回対称とは90度度回転すると形が同じになるというわけだ。

物理学において、対称性は物事を規定する最も基本的な要素の1つである。また、未知の現象の起源を明らかにする上でも、対称性を明らかにすることは重要な意味を持つ。n回対称のような回転対称性もその1つである。

擬ギャップ状態の空間分布が2回対称であるということは、擬ギャップ状態が結晶の対称性(4回対称)と異なる対称性を持つ独自の電子状態であり、それが数平方nm程度の小さな領域でも存在できるという意味を持つ。

さらに研究グループは、正孔の導入によって擬ギャップ領域が増加し、それが互いに接続すると、超伝導が現れることも突き止めた(画像2)。このことは、擬ギャップ領域の増加が超伝導の発現を助けている可能性を示しており、競合しているとする従来の見方とは異なる擬ギャップの新たな側面の発見となる。

画像2。正孔の導入に伴う擬ギャップ状態の出現と発達の概念図

今回の成果により、未解決だった擬ギャップの正体が明らかになってきた。また、超伝導と擬ギャップの関係は単純に競合的なものではないという知見は、超伝導発現機構を解明する上で重要な手掛かりとなるという。

さらに研究グループは、今回の成果は、電子間の強い反発力を起源とする絶縁体が電気を流すようになる過程を可視化したものでもあり、シリコンなどの半導体に代わる、新原理に基づいたエレクトロニクス材料や素子の開発の基礎学理として役立つことが期待できるともコメントしている。