奈良先端科学技術大学院大学(NAIST) バイオサイエンス研究科発生ゲノミクス研究チームの荻野肇チーム長と越智陽城研究員らは、生きた化石といわれるナメクジウオと、脊椎動物のカエルやマウスとの間での遺伝子の進化を調べるため、腎臓や眼、脳で働く重複遺伝子の仕組みを詳しく比較した結果、それらを様々な組織で「ON」にするスイッチのDNA配列は重複した遺伝子の間で変化しておらず、その「ON」スイッチの働きを異なった組織で打ち消す「OFF」スイッチを後から別々に進化させることで、重複遺伝子は互いの働く場所とタイミングをずらしてきたことを明らかにした。これは現在の生物の設計図の大まかな下絵が「ON」スイッチによって5億年前にできていたことを意味するという。同成果は、「Nature Communications」に掲載された。

ナメクジウオは日本では瀬戸内海などに生息し、その一部は天然記念物に指定されている。一見サカナに似ているが、背骨に相当する脊索という組織がある原始的な生物で、サカナやカエル、ヒトなど背骨をもつ動物(脊椎動物)の遠い祖先に当たると言われている。

ナメクジウオ(全長約5cm、左が頭部)

ナメクジウオのようなものから人類が進化してきた過程では、すべての遺伝子のコピー数が倍に増える、「全ゲノム重複」と呼ばれる現象が5億年以上前のカンブリア紀の末期に起きた。これにより余剰な遺伝子が生まれ、その働き、あるいは体の中で働くタイミングや場所がいろいろに変わった結果、より複雑な体が作られるようになったと想像されている。しかし具体的には、遺伝子構造のどのような変化によって、働くタイミングや場所が変わってきたのか、不明なままであった。

研究チームは、この謎を解くため、pax2とpax8と呼ばれる2つの遺伝子に注目した。2遺伝子は全ゲノム重複によって生まれた双子の遺伝子であるが、カエルやヒトなど現在の脊椎動物では、pax2が眼や脳、腎臓で働くのに対し、pax8は主に腎臓だけで働く。これに対して、生きた化石と呼ばれるナメクジウオは、全ゲノム重複を経験していないため、pax2とpax8の共通の祖先遺伝子に近いものを1つだけ持ち、それはpax2と同じく眼と脳、腎臓のすべてで働くことが知られている。

ナメクジウオは全ゲノム重複を経験していないため、pax2とpax8遺伝子の共通の祖先遺伝子に近いものを1つだけ持っている

ナメクジウオの祖先型遺伝子とpax2とpax8について、それらの働く場所を決めるスイッチの部分の構造をトランスジェニック(遺伝子導入)実験により調査を行った。具体的には、まず3つの遺伝子からONスイッチの働きをする部分を切り取って別の遺伝子(レポーター遺伝子)に連結し、ツメガエルに組み込んで発現のようすを見たところ、いずれの場合もレポーター遺伝子が本物のpax2のように眼と脳、腎臓で活性化した。またそれらONスイッチのDNA配列も良く似ていたが、pax8だけにOFFスイッチの働きをする部分が見つかり、これをpax8あるいはpax2のONスイッチと組み合わせてレポーター遺伝子に連結すると、レポーター遺伝子は本物のpax8のように腎臓だけで活性化することが確認された。

これらの結果から、pax2とpax8はいずれも同じONスイッチを祖先遺伝子から引き継いでいるが、pax8だけが眼と脳でONスイッチの働きを打ち消すOFFスイッチを付け加えて持つようになったことが判明した。

従来の進化研究はONスイッチの変化にのみ注目してきたが、それでは現実の重複遺伝子の働きの多様さを説明することが出来なかった。それに対し今回の研究では、遺伝子が働く場所のおおまかな下絵がONスイッチよって5億年以上昔の祖先動物ですでに完成していたこと、そして遺伝子のコピー数が増えた後に、増えた遺伝子が必要な場所(この場合は腎臓)だけで働き、余計な場所では働かないように、OFFスイッチが付け加わっていったことが明らかにされた。

今回の成果を受けて研究チームでは、OFFスイッチの研究を進めることにより、祖先動物の体の設計図がどのようなものだったのか、そこから個々の遺伝子がどう変わってヒトへ進化してきたのか、明らかにする方針としている。また、pax2の働きの乱れは、腎コロボーマ症候群や多発性嚢胞腎など、様々な遺伝性腎疾患の発症に関わっていることが知られており、今回得られたpax2の働きを調節する仕組みについての知見が、これら疾患の治療法の開発に役立つはずとコメントしている。