日本原子力研究開発機構(JAEA)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、J-PARCセンター、広島大学(広大)の4者は5月7日、東京大学と英ケンブリッジ大学を加えた共同研究により、「希土類金属(レアアースメタル)」の水素(H)化物の結晶構造を解明し、これまでに報告されていなかった岩塩(NaCl)構造を持つ希土類金属の「1水素化物(LaH)」の存在を観測したと発表した。

成果は、原子力機構の片山芳則研究主席、J-PARCセンターの鈴谷賢太郎研究主幹、KEKの大友季哉教授、広大の小島由継教授、東大の小松一生准教授、ケンブリッジ大学Duck Young Kim博士(現米カーネギー研究所)らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、5月8日付けで米科学雑誌「Physical Review Letters」オンライン版に掲載された。

次世代クリーンエネルギーとして、水素エネルギーはその有力候補の1つとして期待されている。ただし、水素ガスの大量かつ安全な貯蔵・輸送には、水素貯蔵合金など水素貯蔵材料の高性能化が必要であり、その開発に向けた取り組みが日夜進められている状況だ。

水素の吸蔵・放出には材料構成元素と水素との相互作用(結合状態)が大きく関わっており、吸蔵・放出過程に関わる水素と材料の結合状態の形成・切断過程に関する知見は重要な要素であり、その相互作用の解明が期待されている。

今回の研究で対象とした希土類金属とは、周期律表で原子番号57番の「ランタン(La)」から71番の「ルテチウム(Lu)」までの「ランタノイド族」と呼ばれる15元素と、21番の「スカンジウム(Sc)」、39番の「イットリウム(Y)」を合わせた計17元素からなるグループのことだ。磁性材料などに利用されており、工業的にも重要な金属である。

また希土類金属は、水素との親和性が極めて高いことが知られており、容易に水素との化合物である水素化物を形成する特徴を持つ。水素を多量に吸収できることから、水素吸蔵合金の構成元素としても広く利用されている次第だ。

金属格子の隙間には、金属原子が四面体に配置したサイトと八面体に配置したサイトの2種類が存在し、この隙間に水素原子が入ることで水素が吸蔵される。希土類金属では、吸収された水素原子は初めに四面体サイトを1つずつ占有して金属原子1個に対して水素原子が2個存在する「2水素化物」となり、さらに八面体サイトを占有してすべての隙間が埋められ、金属原子1個に対して水素原子が3個存在する「3水素化物」となる。

八面体サイトだけが占有され、金属原子と水素原子が1対1となる1水素化物はバナジウムなどの「遷移金属」(周期律表の第3族から第11族の間に存在する元素の総称)やリチウムなどの「アルカリ金属」(周期律表の第1族のうち水素を除いたリチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)、フランシウム(Fr)のこと)の水素化物では良く知られているが、希土類金属では報告がなく、存在しないと考えられてきた次第だ。

これまでに研究グループでは、理化学研究所の所有する大型放射光施設「SPring-8」において、代表的な希土類金属であるランタン(La)の2水素化物「LaH2」が10万気圧を超える高圧力下で、金属格子の大きさが異なる2つの状態に分かれることを見出していた。

通常、金属格子は水素を吸収することによって大きく膨張することが知られている。ランタンでは2水素化物を形成する際に、およそ20%も金属格子の単位体積が増加する具合だ。

高圧力下で形成された小さい金属格子の状態は2水素化物の状態よりも単位体積が約17%も小さいため、水素濃度が低い状態であると考えられていたが、圧力を下げると元の2水素化物単一の状態に戻ってしまうため、回収試料の分析が不可能で実際の構造は未解明だった。

金属格子内で水素原子がどのサイトをどのくらい占有しているのかを決定し、高圧下でどのような状態が形成されたのか原子レベルで明らかにするため、大強度陽子加速器施設「J-PARC」(茨城県東海村に原子力機構とKEKが建設した世界最大規模の陽子加速器群と実験施設群)において、従来日本では困難であった10万気圧を超える高圧力下での中性子回折実験を実施し、2つの状態に分かれた後の水素占有状態が調べられた。

今回の研究では、広大先進機能物質研究センターの水素化反応装置を使用して作製したランタンと重水素(D)の化合物である「ランタン2水素化物(LaD2)」に高い圧力をかけて圧縮し、その状態の構造をX線回折と中性子回折によって調べられた形だ。また、中性子回折による水素の構造決定を容易にするため、水素(H)を重水素に置き換えた「重水素化物」が用いられている。

なお、水素は「非干渉性散乱」の影響が強いため、一般的に水素を含む物質の中性子解析実験では、「干渉性散乱」の方が支配的な重水素に置換した試料を用いられている。それにより、構造解析に適した回折パターンの取得が可能になというわけだ。なお、非干渉性散乱とは無秩序さを反映して回折を生じない性質で、回折パターンのバックグラウンドが増大する原因となってしまう。

高圧力下のLaD2のLa金属格子の構造決定のため、放射光を利用した高圧力下X線回折測定は,大型放射光施設「SPring-8」に原子力機構が所有しているビームライン「BL22XU」に設置されている「ダイヤモンドアンビルセル用回折計」で実施された。

ダイヤモンドアンビルセルとは、ダイヤモンド用いた小型の高圧発生装置のことだ。ダイヤモンドは圧力を発生させる部品(アンビル)として用いられる。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料と圧力媒体を入れて対向する2つのダイヤモンドアンビルで挟み荷重を加えることで高圧を発生させる仕組みだ。

ダイヤモンドの先端のサイズによって発生できる圧力が異なるが、試料の量が微量であるため、SPring-8のような放射光を利用することで高圧力下においても高精度の測定が可能となる。

また、高圧力下で水素の状態を決定するため、J-PARCの物質・生命科学実験施設「BL21」にKEKが建設した大強度全散乱装置「NOVA」に、パリ大学とエディンバラ大学で開発された対向アンビル型の高圧発生装置「パリ・エディンバラ・プレス」(広い開口角を持っており、またトロイダルアンビルと呼ばれる先端に半球状のくぼみと環状の溝があるアンビルを使用することで試料の体積を稼ぐことができるのが特徴)を導入し、中性子回折が実施された。NOVAは中性子の強度が強く、少量の試料でも十分な強度が得られるのが特徴だ。

試料によって全方向に散乱された中性子を検出するために多数の検出器が配置されているが、今回の実験ではパリ・エディンバラ・プレスの構造から、入射中性子線に対して90度方向に散乱する中性子を検出する検出器が使用されている。

X線回折強度は物質中の原子の原子番号が大きい(電子数が多い)ほど、相互作用が大きくなる仕組みだ。よって、原子番号57のランタンに対して原子番号が1の重水素の寄与は無視でき、ランタン金属格子構造(原子配列)を反映したものとなる。

一方で、中性子回折強度は物質中の原子核の「中性子散乱長」によって決まるが、この中性子散乱長の大きさは原子番号とは無関係だ。ランタンと重水素の中性子散乱長は、それぞれbLa=8.24nmとbD=6.671nmと同程度の大きさなので、回折強度は重水素とランタンの両方の原子配列を反映したものとなる。X線回折、中性子回折のどちらも結晶構造を反映したある特定の原子面からの回折が観測される形だ。

LaD2に11万気圧の高圧力を加えると、金属格子の大きさが異なる2つの状態が現れることがX線回折実験により観測された。これはランタン2水素化物への加圧時と同様の結果である。

2つの状態に分かれる際の金属格子の体積変化もLaD2とLaH2はほぼ等しく、同位体(HとD)による違いはなく、高圧力下ではLaD2でも低重水素濃度と高重水素濃度の2つの状態を採ることが確認された。

また中性子回折実験の結果においても、10万気圧を超える高圧力下で低重水素濃度の状態の形成を示す回折線の出現が観測されている。(画像1)。低重水素濃度の状態からの回折に注目すると、X線回折では金属格子が面心立方構造の回折パターンが観測されるが、中性子回折では面心立方構造の回折パターンの内、奇数で表される指数の回折強度が観測されていないことを見て取ることが可能だ。

画像1は、高圧力下13万気圧における放射光X線回折パターンと中性子回折パターンである。赤色で示したピークがLaDからの回折線だ。中性子回折パターンでは岩塩構造を反映して奇数の指数で表される回折線が観測されていないことがわかる。八面体サイトの重水素(DO)の占有率を変えて回折パターンのシミュレーションが行われた結果、占有率が下がると実験結果を再現できないことが確認された。

画像1。高圧力下13万気圧における放射光X線回折パターンと中性子回折パターン

以上の結果は、中性子回折強度の計算からランタンと重水素が岩塩(NaCl)構造を採ることで説明ができる(画像2)。岩塩構造はランタン原子と重水素原子が3次元的に交互に並んだ結晶構造で、面心立方構造で配列しているランタン原子が作る八面体サイトすべての中心に重水素原子が存在している構造とも見ることが可能だ。

画像2は、金属格子が面心立方構造で水素濃度が異なる3つの水素化物の構造。黄色が金属原子、水色が八面体サイトの水素、青が四面体サイトの水素を表している。左から八面体サイトのみを占有している1水素化物、四面体サイトのみを占有している2水素化物、両方のサイトをすべて占有している3水素化物だ。八面体サイトのみを占有している構造は岩塩(NaCl)構造で、今回の研究では希土類金属で初めて岩塩構造の1水素化物の形成が観測された。

画像2。金属格子が面心立方構造で水素濃度が異なる3つの水素化物の構造

従って、高圧力下で現れる低濃度の状態は、岩塩構造を持つランタン1水素化物であると結論付けられた形だ。また、高重水素濃度の状態からの回折についても、回折強度の変化から元のLaD2からよりLaD3に近い状態が形成されていることがわかった。

また、熱力学的な安定性を「第一原理計算」によって評価したところ、高圧力下では1水素化物が安定に存在できることが示されたという。高圧下で2つの状態を採ることも実験と計算でよい一致を示したというわけだ。

なお第一原理計算とは、経験的パラメータや実験データを用いずに行う理論計算で、原子核と電子それぞれの間で働く相互作用から量子力学に基づいて物質の性質(結晶構造や電子状態など)を計算する手法のことである。

今回の研究によって、希土類金属はすべての金属の中で唯一、1水素化物、2水素化物及び3水素化物を形成し、さらに金属格子構造がすべて面心立方構造を採ることが示された。そのため、水素の占有しているサイトの違いによる水素と金属の間の相互作用の違いを明らかにできる可能性がある。

希土類金属は、その高い水素親和性のためにLaNi5など水素吸蔵合金の構成元素として広く利用されているが、その水素吸蔵・放出特性に対しての水素と金属の相互作用の影響は水素吸蔵合金の高性能化に向けた重要な知見となるという。

今後、1水素化物中の水素と金属の結合状態を調べ、2水素化物と3水素化物中の結合状態と比較することにより、水素と金属の相互作用が解明され、さらには高濃度の水素を吸収する希土類合金の開発指針が得られるものと期待されると、研究グループはコメントしている。