理化学研究所(理研)は、喫煙によりコアフコース糖鎖の修飾が阻害されることで肺胞壁が破壊され、慢性閉塞性肺気腫(COPD)の発症が早まることを明らかにした。同成果は、理研基幹研究所 ケミカルバイオロジー領域 疾患糖鎖研究チーム/阪大産研-理研アライアンスラボの谷口直之チームリーダー、および高叢笑研究員と、群馬大学医学部附属病院呼吸器・アレルギー内科の前野敏孝講師によるもので、米国の科学雑誌「The Journal of Biology Chemistry」オンライン版に掲載された。

慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、肺気腫と慢性気管支炎の総称で、気道閉塞による呼吸困難を引き起こす。通常、酸素と二酸化炭素を交換する肺の肺胞構造は、肺胞壁成分の合成とその分解を担うマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の制御によって維持されるが、喫煙などによりMMPが異常活性化すると肺胞壁が破壊され、COPDが発症することが知られている。日本ではヘビースモーカーの2割が発症し、530万人を越える潜在的患者がいるといわれている。

また、ウイルスや細菌の感染により症状が悪化すると死亡率も15%に達し、1997年の世界保健機関(WHO)の報告では、COPDは全世界4位の死亡原因であり、2020年には3位になると予測されている。

COPDの発症は、喫煙などの外的要因とさまざまな遺伝的要因が関係していると考えられており、研究グループでも1996年、N型糖鎖の基部にフコースを付け、コアフコース構造を作る転移酵素「Fut8」の精製、遺伝子クローニングに成功し、そのFut8を欠損したマウスを解析した結果、コアフコース糖鎖を完全に失うと肺気腫を発症することを確認し、コアフコース糖鎖の減少が肺気腫発症の要因となることを報告していた。しかし、喫煙とどのように関連するかは不明であった。

図1 糖転移酵素Fut8によって形成されるコアフコース糖鎖構造。タンパク質のアスパラギン残基上に形成されるN型糖鎖の基部に糖転移酵素Fut8によってGDP(グアノシン二リン酸)フコースからフコースが転移され、コアフコース構造が形成される

今回の研究では、喫煙とコアフコース糖鎖修飾障害の関係を明らかにするために、コアフコース糖鎖を作る酵素Fut8の能力を半分にしたFut8ヘテロ欠損マウスを作成し、喫煙装置を使って実験用タバコを1日4本週6日、3カ月間喫煙させた。その結果、喫煙正常マウスと比べて喫煙Fut8ヘテロ欠損マウスの肺ではFut8の合成や酵素活性が約50%に低下しており、喫煙後2週間の肺で2倍以上のMMPの活性化が起こり、3カ月後には肺胞の構造が破壊されることが観察された。

図2 3カ月後の喫煙による肺胞構造の比較。Fut8ヘテロ欠損マウスに3カ月間喫煙させると、肺胞構造が破壊される

これにより、Fut8ヘテロ欠損マウスに喫煙させると喫煙正常マウスより2倍早く肺気腫を発症することが明らかとなった。また、喫煙時のFut8ヘテロ欠損マウス肺細胞の遺伝子発現やシグナル伝達経路を解析したところ、正常マウスの肺細胞では、TGF-βという分子が受容体に結合し、MMPの発現をおさえて肺胞壁の破壊を防いでいるのに対し、Fut8ヘテロ欠損マウスでは、コアフコース糖鎖の減少によってTGF-βなどの機能が阻害され、MMPが過剰に産生・活性化につながり、肺胞構造の破壊を引き起こすことが判明した。

COPDの治療法としては現在、気管支拡張剤やステロイド剤の投与といった対症療法だけで、根本的な治療法は存在しない。今回の研究成果は、喫煙によるCOPD発症のメカニズムを分子レベルで詳細に解明し、根本治療を目指す新しい治療戦略の構築に貢献するものであると研究グループでは説明している。また、Fut8ヘテロ欠損マウスは、喫煙によるCOPD発症を短期間に観察できることから、COPDの病態解析に有用なモデル動物となるため、今後は、COPDの疾患メカニズムのさらなる解明や治療薬開発が加速されるものと期待できるとしている。