産業技術総合研究所(産総研)は3月19日、常温常圧の水中で水素ガスを二酸化炭素(CO2)と反応させて「ギ酸(HCO2H)」を生成すると共に、ギ酸を分解して固体高分子形燃料電池などに適した一酸化炭素(CO)を含まない高圧水素を供給できる高効率二酸化炭素/ギ酸の「相互変換触媒」を開発したと発表した。

成果は、産総研エネルギー技術研究部門太陽光エネルギー変換グループの姫田雄一郎主任研究員らと、米ブルックヘブン国立研究所(BNL)の藤田恵津子シニアケミストらとの国際共同研究グループによるもの。詳細な研究内容は、日本時間3月19日付けで英科学誌「Nature Chemistry」電子版に掲載された。

CO2の排出を抑え持続可能な社会を構築するため、クリーンなエネルギー媒体である水素を基盤とする水素エネルギー社会の実現が望まれている。そのためには、エネルギー密度の低い水素ガスを安全かつ効率的に貯蔵・運搬する技術が不可欠だ。

CO2を、光合成の「暗反応」と同じように、還元して水素(エネルギー)を貯蔵できれば、水素社会の実現に貢献できるとともに、CO2の有効利用につながる。CO2の水素化によって得られるメタノールやギ酸は常温で液体であり、またエネルギー密度が比較的高いため、貯蔵・運搬が容易な水素貯蔵材料として研究開発が行われきた。

しかし従来は、(1)CO2の変換プロセスは高圧高温条件を必要とするエネルギー多消費プロセスであること、(2)逆反応プロセスで再生される水素を燃料電池などへ利用するには、燃料電池の電極の劣化原因となる一酸化炭素を10ppm以下に保つ必要があること、(3)放出された水素を燃料電池などへ供給するには加圧する必要があることなどの課題があり、水素の貯蔵と放出における変換反応のエネルギー効率を改善させる高性能触媒の開発が望まれていたのである。

触媒とは、化学反応の反応速度を高めたり反応選択性を変えたりする材料だ。触媒自体は化学反応で消費されないという特徴がある。今回の研究では、配位子と金属から構成されている錯体触媒を用いている。

また配位子とは、触媒の中心金属に直接結合(配位)する化合物のことだ。中心金属の種類や性質は限られているが、配位子は有機化合物や典型元素化合物から構成されるため、多種多様な設計・合成が可能である。このため、配位子を設計することで、活性中心の金属の電子的・立体的な性質を変化させ、触媒機能や性能の向上が可能になるというわけだ。

産総研では、CO2の水素化によるギ酸の製造や、ギ酸の分解による水素の製造の研究に取り組んできた。これまで、「プロトン応答型配位子」によって触媒を活性化し、世界最高レベルの高性能触媒を見出し、世界で初めて水中常温常圧条件でCO2と水素からギ酸を製造することに成功した実績を持つ。

プロトン応答型配位子とは、プロトンの脱着に応答して、物性が変化する化合物のことである。そしてプロトン応答型触媒とは、プロトンの脱着によって触媒の性能が変わる触媒のことをいう。今回の研究では、水酸基の酸塩基平衡を利用した応答型触媒を用いているため、反応溶液のpHに依存し、酸性条件では水酸基(-OH)、アルカリ性条件ではオキシアニオン基(-O-)に変化するという具合だ。

また産総研では、有機添加物を含まない水中、100℃以下の温度で、ギ酸を分解して一酸化炭素をまったく含まない水素を、世界最高効率で放出させることにも成功し、水素貯蔵(ギ酸の生成)と放出(ギ酸の分解)の両プロセス用の高い触媒開発技術を持っている。

なお、ギ酸は最も簡単なカルボン酸で、工業的に大量に製造されているのが特徴で、主な利用法として、家畜用飼料(サイレージ)の防腐剤や抗菌剤などが挙げられる。ギ酸の分解は、「HCO2H→H2+CO2」の脱炭酸反応、「HCO2H→H2O+CO」の脱水反応という、2つの競合する分解経路を持つ。従来は、脱炭酸反応を選択的に反応させることが困難だったために、ギ酸分解によって生成するガス中にCOが含まれてしまっていた。

一方のBNLは、人工光合成触媒の反応機構解析や、「プロトンリレー」を範とした水素活性化技術についての技術を有する研究機関だ。今回、両者の触媒技術を組み合わせた新しい触媒設計指針による高性能触媒を開発したというわけである。

なおプロトンリレーとは、1806年にグロータスが提唱した反応機構(グロータス機構)で、プロトンと水分子の酸素などとの水素結合を介して、プロトンを交換しながら移動し、反応が進行していくというもの。特に、生体中の酵素触媒反応の反応素過程として極めて重要だ。

これまでに産総研で開発した「プロトン応答型触媒」では、常温常圧の水中で、CO2の水素化反応によりギ酸は生成するものの、反応速度や収率(水素の貯蔵量)は満足な結果ではなかった(画像1)。

画像1。常温常圧の水中での二酸化炭素の水素化反応によるギ酸生成の経時変化

今回、新たに設計・合成した触媒では、プロトン応答型の水酸基(-OH)をイリジウム(Ir)の近くに配置してあり、水素分子をイリジウムと水酸基の酸素原子との相互作用を利用して活性化させる。

この触媒を用いて、常温常圧の水中で、CO2の水素化反応を行ったところ、従来の触媒に比べて、反応速度は10倍以上、ギ酸の収率(水素の貯蔵量)は100倍以上に向上した。すなわち、この触媒を用いることで、エネルギーを消費する高温高圧条件ではなく、常温常圧でも水素をギ酸に変換できることになったというわけである。

一方、ギ酸の分解による水素放出については、従来のプロトン応答型触媒によって、比較的温和な条件で、有機添加物を用いることなく、一酸化炭素をまったく含まない水素を生成できたが、実用的な水素の供給・利用には、反応速度の向上に加えて、放出された水素ガスを圧縮(高圧化)する必要があった。今回開発した触媒により、反応速度は10倍以上の向上を確認(画像2・3)。

また、密閉容器を用いて反応させても反応速度は低下せず、一酸化炭素を副生せずにギ酸をほぼ完全に分解できた。密閉容器中では、水素の発生に伴って内部の圧力が上昇し、外部ポンプを使わなくても高圧の水素ガスの供給を実現した。

画像2(左)は、新触媒および従来触媒を用いたギ酸の分解反応によるガス発生量の経時変化(反応温度90℃)。画像3は、ギ酸分解からの発生したガスの分析結果

図4は、今回開発した触媒を用いた簡易な水素貯蔵システムのフロー図だ。まず、常温常圧条件下、触媒を溶解させたアルカリ性水溶液に二酸化炭素と水素(1対1)の混合ガスを吹き込むことで、水素ガスを0.48Mのギ酸塩として貯蔵することができた(ステップ1)。

次に、反応溶液に酸を加えて溶液をpH1.7に調整することで(ステップ2)、pH変化に伴うプロトン応答型触媒の性能の切り替えを行った。容器を密閉して50℃に加温するとギ酸が分解して、圧縮された水素ガスが発生し(ステップ3)、反応終了後には96%以上のギ酸が分解された。

この溶液に再び塩基を加えると(ステップ4)、水素を貯蔵できる状態に戻る。このようにして、常温常圧の水素を貯蔵し、高圧水素の放出を繰り返すことができた次第だ。なお、新たに触媒を加える必要はなかった。この触媒技術により、温和な条件でCO2の水素化によるギ酸生成(水素貯蔵)とギ酸の分解による高圧水素ガス供給が可能になったのである。

画像4。二酸化炭素の水素化とギ酸の分解を組み合わせた水素貯蔵プロセスのフロー図

変換反応に伴うエネルギー変化が大きいメタノールなどのほかの炭化水素系水素貯蔵材料と比べて、その変化が小さいCO2とギ酸の相互変換反応では、触媒によって、その変換反応のエネルギー効率を格段に向上できる可能性があるという。さらなる高性能触媒開発により、CO2を用いた大規模で安価な水素貯蔵システムの実現が期待できると、研究グループはコメントしている。

また、研究グループは現在、高圧ガスを供給できる特性を利用して、CO2の分離装置と組み合わせたギ酸の連続分解による高純度水素製造装置の開発に取り組んでいるという。

そして、今後、新たな触媒設計指針に基づいて、触媒のさらなる高効率化および低コスト化を目指すとも述べた。さらに、可視光応答型半導体触媒などの太陽光エネルギーを利用した水素発生と組み合わせて、水、CO2からエネルギー貯蔵物質を作る「完全」人工光合成システムの構築および高効率化を目指すとしている。