東京大学は3月13日、形態学的、発生学的、そして分子生物学的手法を用いて、アスパラガス属が有する葉状の器官である「仮葉枝(かようし)」の起源は枝であり、本来、葉で働く遺伝子群が枝に流用されたことで葉状の形となったこと、さらにその流用された遺伝子群の使い方が変わったことで、仮葉枝の形が属内で変化したということを、解明したと発表した。成果は、東大大学院理学系研究科生物科学専攻の塚谷裕一教授らの研究グループによるもの。詳細な研究内容は、「THE PLANT CELL」誌オンライン版に3月13日付けで掲載された。
植物は知られているだけでも25~30万種といわれる程に数多くの種が存在し、その形は多様だ。この植物の形の多様性は、主に茎と葉、そしてそれらを作る芽からなる地上部の形の多様性といい換えることができる。
この地上部の形作りのメカニズムに関する研究分野は、植物の中でもモデル植物を中心に特に進んでいる分野だ。近年、モデル生物で得られた知見をもとに、生物の形の多様性や、それに関わる進化の過程を、分子生物学的手法を用いて明らかにしようとする「進化発生学」が盛んになり、さまざまな成果が報告され始めている。
アスパラガス属の植物は葉が鱗片状に小さく退化し、その代わりに枝を生じるべき位置に仮葉枝と呼ばれる葉のような器官を作る(図1)。まるで葉のような形をしたこの器官は、主たる光合成器官としての役割を担っているため、仮葉枝は見た目だけでなく、その機能も葉との類似点を有しているといえよう。
しかし、まさに葉のようでありながらも、その生じる位置から判断すると枝であり、そのためこの特徴的な器官については、果たして本当に枝が変形したものなのかなど、古くから植物形態学者の議論の対象となってきた。結論は出ないままで、その進化の分子生物学的背景はおろか、詳細な発生過程も明らかになっていなかったというのが、現状である。
また、アスパラガス属内に目を向けても、仮葉枝の形は種ごとに違いがあり、多様化している点が特徴的だ(画像2)。そのため研究者の間では、アスパラガス属の仮葉枝は、植物における地上部の独自な器官の獲得と、その形の多様化の過程とを明らかにできる興味深い研究対象であるとされている。
そうした理由から、研究グループは仮葉枝の発生、およびその多様化の過程を理解することを目的として研究を開始した次第だ。
研究グループは、まず仮葉枝の発生過程を理解するために、属内で最も系統的に基部に位置し(以前は系統樹上で最も分岐が古いものを「原始的」とすることがあったが、現在は「基部」という用語が使われている)、基本となるクサナギカズラ(画像2)の仮葉枝の発生が調べられた。
その結果、仮葉枝の内部構造は葉のように表と裏で異なる分化をしていることが判明。また仮葉枝は、その発達中の細胞分裂のパターンで見ると、枝の場合と異なり、葉で見られるような細胞分裂パターンを示すことも確認された。
形態学的および発生学的に見て、仮葉枝は葉との類似点が多いことが明らかとなったのである。ただし、維管束における木部と師部の位置が葉とは異なることから、葉そのものとは異なる器官であることもわかった次第だ。
さらに、仮葉枝の発生の際の遺伝子発現パターンが調査された。その結果、仮葉枝では枝が発達する時に働く遺伝子と、葉で働く遺伝子の両方が発現していることが明らかになった。仮葉枝で見られた葉で働く遺伝子の発現パターンは、葉で見られるパターンと非常によく似ている点は、興味深いと研究グループではコメントしている。
以上の結果から、仮葉枝という器官の起源はまさに枝であり、その枝に葉の性質が付加された器官であることが確かめられたというわけだ。
以上を踏まえて研究グループは、アスパラガス属内における仮葉枝の形の進化を明らかにするために、形の異なる仮葉枝を持つ食用アスパラガスについても同様の解析を実施。その結果、食用アスパラガスの棒状(円筒形)の仮葉枝は、葉を平らにするための遺伝子の働き方が変化することで、棒状になっていると推定された。
複数のモデル植物を用いた解析の結果、一般的な植物において葉が平らになるためには、葉の表と裏が分化することが必要であり、その境界面が伸展することで葉が平面となることが示されている。
つまり、平面であるから表と裏ができるのではなく、表と裏の区別ができて初めて、葉は平面となり得るというわけだ。そのため、葉の表側あるいは裏側の分化に関わる遺伝子の発現が乱れる(あるいはなくなる)変異体などでは、表裏の境界面ができないために葉が平面とならず、円筒形(棒状)になることが知られている。
今回の研究で調べた食用アスパラガスの仮葉枝は、葉の裏側の分化を促進する遺伝子が仮葉枝の中で優勢になっていた(つまり仮葉枝すべてが裏側になっていた)。そのため、仮葉枝の表裏の境界面ができずに棒状となったと推察されるというわけだ。
以上のアスパラガス属2種を用いた、解剖学的、発生学的、そして分子生物学的な解析から、アスパラガスの仮葉枝は、葉の発生に関わる遺伝子群が枝に流用されることで、まるで葉のように平らになったのだと考えられる。さらにそれが、属内の種分化と進化の過程で、別の種では葉を平らにする遺伝子の使われ方が変化し、棒状の仮葉枝となったと推測された(画像4)。
今回の研究は、植物における独自の器官の獲得とその多様化の過程を明らかにした極めて稀な例だ。研究グループは、今後、葉で働く遺伝子の仮葉枝における寄与をより詳細に明らかにすること、また葉で働く遺伝子群の内、どれが仮葉枝の形作りのカギだったのか、などを明らかにすることが課題とコメントしている。