北海道大学(北大)は2月15日、神経細胞から膜脂質の一種である「スフィンゴ脂質」の代謝依存的に分泌される「エクソソーム」が、アルツハイマー病の原因物質と考えられている「アミロイドβペプチド(Aβ)」の線維化そして無毒化を促進することを見出したと発表。また、この線維化Aβがエクソソームと共に脳内貪食細胞「ミクログリア」へ取り込まれ、最終的に分解除去されることを実証したとした。
成果は、北大大学院先端生命科学研究院附属次世代ポストゲノム研究センターの五十嵐靖之特任教授および湯山耕平特任助教らの研究グループによるもので、論文は「The Journal of Biological Chemistry」オンライン版に米国東部時間2月2日に公開された。
エクソソームは、さまざまな種類の細胞で作られては細胞外環境へと放出される、脂質二重膜で構成された細胞内部直径50~100nmの微小顆粒だ。近年はドラッグデリバリシステムのキャリアとしての可能性が取り沙汰されるなど、注目を集めている。
エクソソームは神経細胞からも放出されることが知られており、神経細胞由来エクソソームにはアルツハイマー病のAβおよびパーキンソン病の「α-synuclein」など、いくつかの中枢神経系変性疾患に関連する凝集性の分子が結合または包合されていることが報告済みだ。このため、エクソソームがこれらの分子の脳内動態に関与する可能性が示唆されているが、詳細はまだわかっていない。
なお、Aβはアルツハイマー病の病理学的な特徴の1つである「老人斑」の主な構成成分であり、アルツハイマー病発症の原因は、Aβの脳における過剰な蓄積と現在は考えられている。
今回の研究手法は、まず初代神経細胞をはじめとした培養細胞の培養液中から分泌されたエクソソームが回収されて実験に使用された。Aβは「アミロイド線維型」をはじめとしたさまざまな型の凝集体を形成し、特定の「可溶性低分子重合体」は神経毒性を示すことが知られている。
今回の研究では合成Aβを用いて、エクソソームの凝集体形成に対する影響の解析と「グリア細胞」への取り込み試験が行われた。また、「トランスウェル培養システム」を異種細胞間相互作用のモデルとして用い、神経細胞からグリア細胞間のAβの受け渡しに対するエクソソームの効果が検討されたのである。
神経細胞由来エクソソームは、その表面に存在する糖脂質糖鎖依存的に、Aβの高分子凝集体であるアミロイド線維の形成を促進すること、また神経毒性をもつ低分子凝集体「オリゴマー」の形成を抑制することが見出された。
さらに、このエクソソームが膜リン脂質の一種である「フォスファチジルセリン」を介してミクログリアに取り込まれること、また凝集Aβもエクソソームとともにミクログリアに取り込まれ分解される可能性があることが判明した形だ。
さらに、神経細胞とミクログリアのトランスウェル培養系において、スフィンゴ脂質代謝酵素「スフィンゴミエリン合成酵素」の活性を抑制してエクソソームの分泌量を増加させた条件下では、培養系中のAβ量が顕著に減少することが確認された。これは、「細胞外Aβが、エクソソーム表面上で凝集した形でミクログリアに取り込まれ除去される」という新しいAβクリアランス機構の存在を示唆したものだ。
脳内Aβ量の制御は、現在アルツハイマー病の有力な治療戦略と考えられており、今回の研究成果はその新規治療標的を提供できる可能性が期待されることとなった。現在、研究グループは塩野義製薬と共同で、スフィンゴ脂質代謝調節を介したAβ除去医薬のスクリーニング系に関する特許を申請し、アルツハイマー病治療・予防法の開発を視野に入れた取り組みを進めているとしている。