産業技術総合研究所(産総研)は2月8日、高選択・高効率な放射性セシウム吸着能を示す「プルシアンブルーナノ粒子」(ナノ粒子吸着材、画像1)を量産化するとともに性能を実証したと発表した。

今回の量産化や実証は産総研ナノシステム研究部門グリーンテクノロジー研究グループの川本徹研究グループ長らの研究グループと、関東化学、郡山チップ工業、東電環境エンジニアリングの協力によって実現。成果の詳細は、2月15日から17日まで東京ビッグサイトで開催の第11回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議の産総研ブース特別展示「震災に立ち向かうナノテクノロジー」の一環として発表の予定だ。

画像1。プルシアンブルーナノ粒子吸着材(左)の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(右)

東北地方太平洋沖地震に伴い発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により、さまざまな場所で放射性セシウムが検出されている。放射性セシウムを除去する方法の1つが、吸着材での回収だ。現在、ゼオライト(ナノメートルオーダの細孔が規則的に並んだ多孔性アルミノケイ酸塩の総称で、主な組成はケイ素、アルミニウム、酸素もしくはリン)をはじめとする、さまざまな材料が吸着材として検討され、一部は実際の除染現場で使用され始めている。

除染後の廃棄物を減らすため、吸着材に求められているのが、より少量でセシウムを吸着できる高い吸着能だ。一方、環境中には放射性セシウムより他の金属イオンが圧倒的に多く存在するため、セシウムだけを吸着する高い選択性も求められる。

都市ごみ焼却飛灰からはセシウムが水に溶出しやすいことが報告されているが、例えば、純水中の放射性セシウムイオンをよく吸着することで知られている天然鉱物「ベントナイト」も、焼却灰洗浄水からのセシウム吸着能力は純水に対するそれに比べ、100分の1程度と大幅に落ちてしまう(環境省 第5回災害廃棄物安全評価検討会資料)。この原因の1つとして、ベントナイトがセシウムだけでなく、焼却灰と接触した水に(焼却灰洗浄水)溶出したほかのイオンも吸着してしまうことが挙げられる。

さらに、今後除染作業により放射性セシウムに汚染された植物体廃棄物が大量に排出される。それらは焼却処分により減容される計画になっている(環境省 特定廃棄物および除染に伴う廃棄物の処理フロー(福島県))が、焼却灰が水に接触した時のセシウムの溶出挙動は必ずしも明らかになっていない。焼却灰の安全な処理のために、溶出挙動を明確にするとともに、セシウム溶解水の処理法を確立する必要がある。

焼却灰から溶出するセシウムの高効率回収が可能な高選択性セシウム吸着材の候補として挙げられているのが、プルシアンブルー(一般的な組成式はAyFe[Fe(CN)6]x・zH20、Aはセシウムイオンなどの様イオン)だ。プルシアンブルーは1704年に人工的に合成された青色顔料で、「金属錯体」や「配位高分子」と呼ばれる物質群の一種で、ジャングルジムのような内部に空隙のある構造を持つ。

プルシアンブルーがセシウムを選択的に吸着する仕組みは解明されていないが、セシウムイオンの水和半径がプルシアンブルーの内部の空隙に合致することがその原因だと考えられている(画像2)。その選択性は非常に高く、海水のようにナトリウムイオンやカリウムイオンなど、類似のイオンが存在している環境でもセシウムイオンの吸着能が大きく落ちないという特徴を持つ。

画像2。ナノ粒子吸着材の概要

また、プルシアンブルーは、チェルノブイリ原子力発電所事故の際に、牛乳中のセシウム低減のために家畜に投与されるなど、環境安全性の高いセシウム吸着材としても知られている。

産総研では2011年8月24日に、プルシアンブルーを利用したセシウム吸着剤を開発したことを発表済みだが、今回はそのプルシアンブルーのナノ粒子化技術をさらに推し進め、セシウム吸着材の量産を実現した。

ナノ粒子吸着材のナノ粒子自体は、水分散性、不溶性のどちらも製造が可能であり、有機材料への坦持などに利用できる分散液や懸濁液とすることができる。量産を担当する関東化学株式会社では、ナノ粒子分散液または懸濁液については、年間300トンを1kg当たり2000円で製造できるめどをつけた(精製を行わない低純度品の場合)。

また、不溶性ナノ粒子をそのまま「カラム」(化学吸着などに用いられる円筒状の装置)用途などに利用できるよう、10~70μm程度に造粒することもできる。このナノ粒子吸着材中のナノ粒子の一次粒径を粉末X線回折の結果から見積もったところ5~10nmであった。

また、電子顕微鏡像からも一次粒径は10nm程度であることがわかる(画像1)。一般に、比表面積が大きくなると、吸着能は増すと考えられている。60μm程度に造粒したナノ粒子吸着材のBET法(窒素分子の吸着現象を利用した比表面積の測定法)によって求めた比表面積は、390m2/gと、従来のプルシアンブルーとして報告されている値(一例として100m2/g)より大きいことが確認された。

次に、今回開発したナノ粒子吸着材の吸着能を評価するため、純水中に1ppmの非放射性セシウムを溶解させた水溶液からの吸着特性を調べられた。ナノ粒子吸着材(11μmおよび60μmに造粒したもの)と、顔料として市販されているプルシアンブルー(PB市販品)や、ゼオライトの中で比較的高い吸着性能を示す仙台市愛子産ゼオライトとの比較である(画像3)。

その結果、いずれも高いセシウム吸着能を示したが、液-固比(処理水の体積/吸着材の重量)が大きい領域では、ナノ粒子吸着材の吸着効率が高いことが判明した。

画像3。純水セシウム水溶液からの非放射性セシウムイオン吸着特性の比較

続いて、ナノ粒子吸着材の実際の使用方法を明確にするため、植物体焼却灰の水洗浄によるセシウムの溶出状況の評価と、その洗浄水中のセシウムの吸着材による吸着効果が検討された。その結果、水洗浄によるセシウムの溶出が見られ、灰の種類によっては、100%近い溶出を示すものも存在したのである。

まず焼却灰として、放射性セシウムを含まない、九州で生育された針葉樹を熱風炉で焼却した際の飛灰を用いたモデル実験を行った。この非放射性焼却灰をカラムに充填し、通水して洗浄した際のセシウム溶出挙動を調べたところ、通水直後に大量の非放射性セシウム(植物体が元来含有しているもの)が溶出し、その後は溶出量が大きく抑制されることを確認(画像4)。

使用した灰に含まれるセシウム濃度は約1.5ppmであり、90℃以上の通水により、約0.9ppm分すなわち約60%のセシウム溶出が確認された。よって、植物体放射性セシウム汚染物の焼却灰からは水との接触により放射性セシウムが溶出する可能性があり、十分な防水管理が必要であることがわかる。また、この洗浄水には、2000ppm以上のカリウムイオンを含むほか、ナトリウムイオン、アルミニウムイオンなど、さまざまなイオンが共存していることも判明した。

各種吸着材による、この洗浄水からのセシウム吸着実験の結果が図5だ。ナノ粒子吸着材およびPB市販品は、純水の場合と大きく変わらない吸着性能を示した。

画像4・5。植物体焼却灰の洗浄時の非放射性セシウム溶出挙動(左)と各種吸着材による植物体焼却灰洗浄水からの非放射性セシウム吸着率(右)

一方、ゼオライトは液-固比が小さい領域でもセシウムを十分に吸着できないことが判明。セシウム吸着性能の指標である分配係数は、液-固比5000の場合で、ナノ粒子吸着材(11μmおよび60μm)、PB市販品、ゼオライトでそれぞれ約92万、4.5万、1.6万、660(mL/g)となった。つまり、ナノ粒子吸着材の分配係数はゼオライトの約67~1400倍あったのである。ゼオライトの吸着性能の低下は、ほかの共存イオンを吸着し、セシウムだけを選択的に吸着できないためであると推測された。

さらに、放射性セシウムで汚染された都市ごみ焼却灰についても、同様の手法で放射性セシウム除去効果を検討した。ガス化溶融施設でのごみ焼却により生じた飛灰(約1400Bq/kg)をカラムに充填し、通水洗浄を行ったところ、90%以上の放射性セシウムが水に溶出したことが確認されたのである。

得られた放射性セシウム溶解水(約200Bq/kg)に、液-固比1000の割合でナノ粒子吸着材(60μm)を添加し、100分間攪拌したところ、水中放射性セシウム濃度は検出限界である10Bq/kg以下まで下がったのである。よって、ナノ粒子吸着材を利用することにより、セシウム溶出が危惧される焼却灰の処理としては、以下の2種類の方法が可能だ(画像6)。

画像6。今回考案したナノ粒子吸着材を使用した汚染焼却灰の処分方法

1つは、埋設された処分場などでの浸出水を除染後排水する方法である。これにより、焼却灰から水へセシウムが溶出したとしても、その汚染水が環境に排出されることを防ぐことができる。既存設備への導入、もしくは簡便な手法が必要な場合にはこの手法が望ましい。具体的には、焼却灰最終処分場の排水設備にナノ粒子吸着材を入れた通水カートリッジを設置することや、除染で発生する放射性廃棄物の仮置き場の排水管理に使用することが考えられる。

もう1つは、埋設処分前に焼却灰を洗浄し、その洗浄水をナノ粒子吸着材で除染する方法である。事前洗浄により、埋設後のセシウム溶出を大きく抑えることが可能となり、処分に関わる費用を大きく低減することができるというわけだ。

産総研としては今後、福島県をはじめとする地域で、今回考案した焼却灰処理法に加え、山林から水路などに流出する水などからの放射性セシウムの除去・低減の実証試験を行い、実用化のめどをつけるという。

また現在、下水汚泥焼却灰用として容量20Lのミニプラントの製作を進めているとした。さらに、放射性セシウムの抽出処理が難しく、汚染物量が膨大な土壌も視野に入れ、それらに含まれる放射性セシウムの濃度を低減させ、再利用または簡便な処理を可能とする除染システム技術の構築を目指すと共に、産総研に蓄積されている汚染地域の地質と土壌の基本情報や、産総研の持つ先端計測技術を融合させることで、除染技術の全体システムへの早期適用に向けた研究・開発を目指すとしている。