大阪大学(阪大)と科学技術振興機構(JST)は2月3日、末梢神経系が活性化することで、脳や脊髄などの中枢神経系を守るための関所である「血液脳関門」にゲートが作られ、そこを通過した病原性のある免疫細胞が中枢神経系に侵入し、自己免疫疾患を発症してしまうことを分子レベルで明らかにしたと共同で発表した。研究は大阪大学大学院生命機能研究科の村上正晃准教授らの研究グループによるもので、成果は米科学雑誌「Cell」オンライン速報版に米国東部時間2月2日に掲載された。
脊椎動物の神経系は、脳や脊髄からなる中枢神経系と、「体性神経系」および自律神経系からなる末梢神経系に分かれる。中枢神経系は神経細胞が集まった塊であるのに対し、末梢神経系は神経節と神経繊維からなるのが特徴だ。そして、末梢神経系は体の各部と中枢神経系の間で神経刺激を伝達する役割を果たす。また、体の感覚や運動を制御する体性神経系には「感覚神経」と「運動神経」があり、内臓や血管などを自動的に制御する自律神経系には「交感神経」と「副交感神経」があるという具合だ。
中枢神経系はいうまでもなく重要であることから、その臓器である脳や脊髄の血管には、血液を介する細菌やウイルスなどの影響を極力防ぐために特殊な関所としての血液脳関門が形成されている。血液脳関門は、中枢神経系の血管を構成する内皮細胞が非常に強固に結合しあって、免疫細胞を含む血液系の細胞はもとより、大きなタンパク質なども脳や脊髄にまで通過させない仕組みだ。
しかし、中枢神経系にも細菌やウイルスが感染し、がんや炎症などに起因する難病を発症することがあるのはご存じの方も多いはず。また血液に存在する免疫細胞は、このような病態や病気を防ぐ一方で、ある時はそれらの原因となったり、悪化させたりすることもある。
こうした背景から、血液脳関門には病原菌や免疫細胞などが中枢神経系に入るためのゲートがある可能性が示唆されていた。しかし、そのゲートがどこにあるのか、またどのように形成されるのかなど、実体は不明だったのである。
中枢神経系の神経細胞には軸索と呼ばれる突起があるが、軸索を包んでいるミエリンという絶縁性のリン脂質が炎症により壊され(「脱髄」と呼ばれる)、他の神経細胞との間で情報伝達がスムーズに行えなくなって麻痺やしびれをきたす疾患が、「多発性硬化症」だ。脱髄が生じる詳しいメカニズムはまだわかっていないが、免疫系の異常の可能性が高いといわれている。
その動物モデルが、「実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)」だ。EAEは、「ミエリンオリゴ糖タンパク質」などの特定のタンパク質をマウスに注射することで発症する多発性硬化症に似た脳脊髄炎である。これはミエリンを抗原と認識して反応する「病原性T細胞」が誘導され、それが中枢神経系に侵入することで自己のミエリンを攻撃し(「自己反応性」)、脱髄を起こすことが理由だという。ちなみにEAEをマウスに発症させ、その原因となる「自己反応性T細胞」を正常マウスの血管内に移入すると、正常マウスの中枢神経系にEAEが誘導されるという具合だ。
そこで同研究グループは、この実験モデルを用いて、血液脳関門のゲートの部位とゲートがどのように形成されるのかを調べることにしたのである。
まず、EAEを発症したマウスから病原性T細胞を単離して正常マウスの血管内に移入。それらの細胞が、血管内から中枢神経系に入り込む部位を特定するために、切削器具「マクロトーム」を用いて脊髄を薄くスライスし、蛍光顕微鏡で解析を行った。その結果、血管内の病原性T細胞は、第5腰椎の背側の血管から、脊髄に入ることを突き止めたのである(画像1・2)。
画像1。マウス脊髄の凍結切片における病原性T細胞の集積。マクロトームを用いて脊髄から凍結切片を作成し、各部位の病原性T細胞の量を調べたグラフで、フローサイトメトリーによる第1(L1)~第6(L6)腰椎における病原性T細胞の量。第5腰椎(L5)で病原性T細胞が集積していることがわかる |
画像2。マウスの第5腰椎の蛍光顕微鏡画像(上)による第5腰椎の断面の観察。病原性T細胞が第5腰椎の背側の血管から脊髄へ侵入している様子がわかる |
次に、なぜその部位のみが病原性T細胞の中枢神経系へのゲートとなっているのか、その仕組みが調べられた。その結果、「IL-6アンプ」と呼ばれる炎症を誘導する仕組みが第5腰椎の背側の「血管内皮細胞」(血管の内表面を構成する扁平で薄い細胞のことで、血管からの物質の出入りを制御するなど、器官によってもさまざまな機能を持つ)で活性化することで、ケモカイン「CCL20」が血管内皮細胞に発現し、血液内の病原性T細胞を呼び寄せて中枢神経系へのゲートを形成していることが判明したのである(画像3)。
なおIL-6アンプとは、血管内皮細胞、線維芽細胞などの非免疫系細胞に存在する炎症誘導機構のこと。「炎症性サイトカイン」であるインターロイキン(IL)-17がきっかけとなって、IL-6をはじめ、ケモカインなどの炎症を誘導する因子が産生され、相乗的な「NFkB」と「STAT3」の活性化でさらに多くのケモカインが産生されて、自己免疫疾患を含む慢性炎症を誘導する機構である。
そして、ケモカインは接着分子「サイトカイン」の1種だ。ケモカインが発現した部位にはそのケモカインを受け取ることができる細胞が集まって来て炎症誘導の起点となる。T細胞などの免疫細胞は血管内の血液に乗って全身を巡り、生体の防御に携わっている。血管内皮細胞が病原体などの情報を得ると血管内皮細胞上にケモカインを発現し、対応するケモカイン受容体を発現している免疫細胞が結合することで免疫細胞は血管外へと浸潤することができるという特徴を持つ。
画像3。各腰椎のCCL20の量。第5腰椎(L5)のみでCCL20が発現していることがわかる |
続いて、第5腰椎の背側の血管内皮細胞でIL-6アンプが活性化されている原因を解明するにあたり、研究グループではヒラメ筋からの感覚神経が第6腰椎の背側に位置する神経節で脊髄につながっていることに着目した。
ヒラメ筋は、ふくらはぎ付近に存在して重力を受け止めている筋肉の1つだ。研究グループは、そのヒラメ筋の絶え間ない重力刺激に対抗する応答が、感覚神経を介して第5腰椎の背側で脊髄に伝わり、この刺激が近傍の血管でIL-6アンプを活性化しているのではないかという仮説を立てた。
この仮説を実証するために、マウスのしっぽを天井から吊し(後肢懸垂法)、ヒラメ筋への重力刺激をなくした時の影響から調査をスタート。その結果、第5腰椎の背側の血管におけるCCL20の発現および病原性T細胞の集積は見られず、EAEの発症も明らかに抑制されたのである。
また、後肢懸垂モデルマウスのヒラメ筋に電気刺激を与えると、与えた時間にCCL20の発現量が比例することや、第5腰椎の血流速度が速くなることが見いだされた。血流速度は交感神経(ノルアドレナリンなどを末端から出して血管を収縮させる)の活性化により速くなる。これらの結果から、重力に対抗するために緊張するヒラメ筋から脊髄に伝えられる感覚神経の活性化は、近傍の交感神経の活性化を引き起こしていることが推測された(画像4)。
そしてさらなる実験から、交感神経末端から放出されるノルアドレナリンが、第5腰椎の背側の血管内皮細胞においてIL-6アンプを過剰に活性化し、過剰のCCL20分子を発現していることも確認。また第5腰椎の背側にある血管の内皮細胞からは、CCL20ばかりではなく、ほかのさまざまなケモカインも大量に発現されていたことが判明した。
以上の結果から、研究グループは、第5腰椎の背側の血管内皮細胞が血液細胞の中枢神経系へのゲートであり、そして重力刺激を起点とした感覚神経および交感神経の活性化による血管内皮細胞のIL-6アンプ誘導性のケモカインの大量発現がゲートの形成に関与していることを世界で初めて明らかにしたというわけである。つまり、免疫細胞が血管から中枢神経系の血液脳関門へ通るためのゲートが、神経刺激によって形成されることが明らかとなったわけだ。
今回の結果に対し、今後、人為的に神経の活性化を抑制または刺激することで、そのゲートを人為的に閉じたり形成したりすることが可能になり、中枢神経系の感染、がん、難病などの予防や治療につながることが期待されると、研究グループでは述べている。
また、神経の活性化は、今回の実験で明らかにした重力ばかりではなく、現代生活につきまとうストレスなどさまざまな外的な刺激でも生じるという。そのため、今回の成果により、さまざまな病気が精神的なストレスなどで増悪する仕組み、あるいは、適度な運動が病気・病態を改善するメカニズム、さらに、針治療によってなぜ多くの病気・病態が改善するのかなど、今まで不明であった神経や精神と免疫系の相互作用の分子基盤が解明されることも期待されるとしている。
さらに、中枢神経系ばかりではなく体のさまざまな臓器においても、免疫細胞が特定の臓器に集積することで、関連する交感神経や副交感神経が活性化あるいは不活性化し、血管の活性化状態を調節している可能性も考えられるという。
このことは、慢性甲状腺炎や多発性硬化症、関節リウマチ、全身性エリテマトーデスといった多くの「臓器特異的自己免疫疾患」(自己免疫疾患の中で、特定の臓器だけが影響を受ける疾患のこと)や慢性炎症性疾患の発症機構も、特定の神経の活性化による特定の血管におけるゲートの形成によって説明できる可能性を示唆し、その神経の活性化を制御することにより、新たな治療法の開発に結びつくことが期待されるとしている。