名古屋大学(名大) 理学研究科 生命理学専攻 脳機能構築学研究グループSPD(特別研究員)の竹内勇一博士、同研究室の小田洋一教授、京都大学 理学研究科 動物生態学研究室の堀道雄教授らの研究グループは、アフリカ・タンガニイカ湖に棲む鱗食魚の捕食行動を解析。世界で初めて明確な行動の左右性を発見し、論文として発表した。
研究グループは、このアフリカの鱗食魚において「右利きのヒトは、主に右手で字を書くが、左手では右手のようにうまく字が書けない」といった明確な行動の左右性を見出した。また、同じ魚の中でも、右側からの襲撃を好むもの、左側からの襲撃を好むものの2タイプが存在しており、これはまさにヒトの右利きと左利きに相当する現象と言える。
今後、鱗食魚の行動の左右性を司る神経機構を特定することができれば、右利きと左利きの脳神経系における違いだけでなく、脳の左右性の構築原理を解明する基礎的知見を得ることが期待できると言う。
ヒトの利き手をはじめとして、行動の左右性(利き)は数多くの動物で見られ、様々な局面で左右対称よりも有利であると考えられており、それらの行動は脳によって制御されている。この行動の左右性を司る脳の神経機構の理解のため、これまでも様々な研究が行われてきたが、その回路の複雑さが妨げとなり、未だ十分な理解が得られていない。
この問題に対し、今回の研究グループでは、明確な左右性を示し、コンパクトな脳を持つ鱗食魚を研究モデルとすることで、「利き」の脳内機序を明らかにできるものと考えた。
"進化の実験室"として有名で、NHKスペシャルの「ホットスポット 最後の楽園」でも取り上げられたことがあるアフリカ・タンガニイカ湖には、泳ぐ魚の鱗をはぎ取って食べるシクリッド科魚類(図1)が生息している。彼らの口は、左右どちらかに少し曲って開き(図2)、その形態は捕食行動と関係すると考えられていたが、その行動は俊敏すぎるため動作の詳細は不明だった。
図2.鱗食魚の口部形態における左右ニ型。左あごが大きい個体が「左利き」、右あごが大きい個体が「右利き」と定義される。横線は左右の唇端を結び、体軸に対して傾いている。下写真は左利きの下骸骨で、左の方が約10%大きい。スケールバーは5mmを示す。骨の左右により、口は一方に捻れて開く |
研究グループでは、この鱗食魚「ペリソーダス ミクロピレス」の捕食行動を詳しく調べるため、アフリカから輸送。実験室の水槽内での捕食行動を高速度カメラ(500fps)で撮影し、運動解析を行なった。
その結果、典型的な捕食行動は、(1)彼食魚後方への接近、(2)側方への回り込み、(3)S字状の構え、(4)左か右への胴の屈曲を伴う噛みつき、(5)身体の捻り、の5過程で構成されていることを見出した(図3)。
鱗食魚は被食魚の背後から接近し、左右いずれかの体側に忍び寄り、被食魚の胴に向かって身体を屈曲して噛みつくが、その方向は著しい偏りを示し、よく好む屈曲方向(利き側)は口の開く方向と合致していたと言う。
また、利き側の襲撃の方が、その逆側の襲撃よりも、胴を約1.7倍素早く、約1.5倍大きく屈曲させていた。結果として、利き側の捕食成功率は逆側よりも約3倍高いことが分かった。
その素早い胴の屈曲動作は、魚類の後脳に位置する左右一対の網様体脊髄路ニューロン「マウスナー(M)細胞」で駆動される逃避行動の屈曲動作(たとえば左側から侵害刺激があった場合、左体側のマウスナー細胞が発火し、その情報が右体側の運動ニューロンへ伝わって、右体側全体の胴筋を収縮させ、結果的に魚は右側へC字状に屈曲する)と酷似しており、共通の神経回路が用いられていると考えられる。これまでの解析の結果、M細胞から下位の脊髄や動筋に左右差はなく、M細胞より上位中枢に左右差があることが推察される。
以上のことにより、鱗食魚は素早く大きく屈曲できる利き側を認識して獲物の魚を襲うこと、おそらく視覚入力から運動出力を出す上位中枢までの間に、利きの左右差を生み出す仕組みがあると考えられると言う。