京都大学の研究グループは、若者のやる気に関わる心理学的な実証研究として、ニート・ひきこもり傾向にある人達の「動機づけ」(どのようなときにやる気を持つことができるか)に着目した研究を行い、その成果を発表した。同成果は、2009年から2011年7月まで学術振興会外国人特別研究員として同大こころの未来研究センターに滞在していたビナイ・ノラサクンキット ミネソタ州立大学准教授と内田由紀子 こころの未来研究センター准教授らによる2年間の研究によるもので、「Journal of Social Issues」に掲載された。

現在、国内の20~30代の若者の約70万人がひきこもり状態にあると内閣府の調査では言われている。今回の研究は、こうしたニートやひきこもりをそのままカテゴライズするのではなく、いくつか共通する心理特性を同定し、スペクトラムとしてとらえた上で、若者のこころや「やる気」の問題と日本文化へのグローバリゼーションの影響との関連を明らかにしようという試みで、自己責任や能力評価などの個人主義的観念といった従来の関係志向型なだけでない価値観の台頭による、従前からの関係の開放と、その帰結による関係性からの恩恵の喪失、その結果から生じる相互協調的に定位される「自分」のよりどころとする場を失うことに着目。特に文化内で中心的振る舞いをしている人達よりも、「周辺的な振る舞い」をしている人でより顕著であろうと考え、ニートやひきこもり傾向にある人達が、どのようなときにやる気を持つことができるかに着目した研究が行われた。

具体的には、まずニート・ひきこもり傾向の要因を同定し、その要因についての個人差を測定する尺度を開発した。ニートやひきこもりにまつわる調査研究から複数の行動・心理傾向をピックアップし、学生や実際のひきこもりの人達を対象に調査を行った結果、以下の3つの因子が見られることが判明したという。

1つ目はフリーター生活志向性であり、「職場や仕事で我慢できないことがあれば無理せずにやめた方がいいと思う」といったような考えを持っていること。

2つ目は自己効能感の低さであり、「コミュニケーションをとるのが難しい」といったような自信のなさを表す。

そして3つめは将来に対する目標の不明瞭さで、「将来何をしたらよいのかわからない」という要素であったという。

2001年にHeine,S.J.氏や京大の北山忍氏により執筆され「Journal of Personality and Social Psychology」に掲載された「Divergent consequences of success and failure in Japan and North America」では、北米では自己の長所への注意が重要であるため、ある課題(想像力テスト)に対して好成績であったと伝えられた後には同様の課題を継続して行う傾向があるが、成績が芳しくなかったことが伝えられると「自分にとって大切な課題ではなかった」と考え、課題への持続性が下がってしまった。これに対して日本の学生は失敗したときにこそ「もっと頑張らなければ」という動機が高まり、類似課題に自発的かつ持続的に取り組むことによる自己改善動機を示唆していたが、今回の実験では、同知見を援用して、まず大学生を対象にニート・ひきこもり尺度への回答を求めてニート・ひきこもりになるリスクの高いグループ「高リスク群(上位10%)」とニート・ひきこもりになるリスクが低いグループ「低リスク群(残りの90%)」の2つのグループを同定し、それぞれの群の人達を対象に実験室研究が行われた。

実験ではHeine氏らが用いたのと同じ課題(想像力テスト)を最初に行ってもらい、成績のフィードバックを行った後、実験者が一時的に退席し被験者が実験室に1人になったときに、被験者がどのぐらい自発的に同じ想像力テストに取り組むかの検証を行った。その結果、「低リスク群」の学生は、Heine氏の研究で示された日本人の学生のパターンを追試し、成功したときよりも失敗をした時の方が、類似課題を継続的に行っており、動機づけが高まっていることが確認されたものの、「高リスク群」の学生は、成功した時よりも失敗した時に課題を継続する動機づけが低くなっていることが確認された。これは、ニート・ひきこもりのリスクの高い傾向にある人々は、失敗の後に努力することをやめ、あきらめてしまう傾向があると言え、その背景には「努力しても無駄だ」というような、適応力に対する自信のなさ、可塑的な人間観・人生観の欠如が見られると研究グループでは指摘している。

また、同実験において研究グループが予想していなかった結果が1つあったという。それは、Heine氏らによる実験(実験の実施は1999年)の10年後となる2009年に今回のデータが集められたが、10年前と比較してみたところ、2009年の学生は1999年の学生に比べて「全体的に」課題への取り組み時間が減少していたことが確認されたということである。

研究グループでは、この差は統計的に意味のあるもので、現在の学生は失敗した場合にも成功した場合にも、いずれにしても一生懸命課題に取り組むという傾向が減退していたことが示されたという。これは、10年前と比べて様々な要件が変化しており、実験者を待っている間に課題をやって時間をつぶすぐらいなら携帯でメールをチェックしよう、ということが起こったとも考えられるが、それも含めて、何か1つのことに費やす時間が減じられていることを意味しており、研究グループではこのことがニート・ひきこもりが世の中全体の若者の問題として取り上げられてきたことと無関連ではないのではなかろうかと指摘している。