東京理科大学、奈良先端科学技術大学院(NAIST)、長野県テクノ財団の3者は12月13日、かき混ぜる向きで分子の利き手を制御することに成功したと発表した。生命体が右利きか左利きの分子のどちらかしか利用していない「生命ホモキラリティーの謎」の解明に近づく成果である。東京理科大学理工学部工業化学科の山下俊准教授、奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科 高分子創成科学研究室の藤木道也教授らの研究によるもので、総合化学速報誌「Angewandte Chemie International Edition」電子版に掲載予定。

地球上に生息する生命体はすべて右利きあるいは左利きの分子からできている。例えばタンパクを作る素材のアミノ酸は左利き、DNAのもととなる糖はすべて右利きだ。

一方フラスコ中の化学反応では左利きと右利きの分子(鏡像異性体)がそれぞれ等量できるにも関わらず、生命体は左右分子のどちらかしか利用していない。生命分子にはなぜ利き手があるのか? 科学者の間では生命ホモキラリティーの謎と呼ばれ、19世紀後半にルイ・パスツールが発見してから150年以上も続く未解決の問題とされている。

その謎の起源については諸説あり、遠く果てしない宇宙に存在する円偏光光源、左利きアミノ酸を含む隕石の落下、素粒子レベルの弱い非対称力(CP対称性の破れ)、光速で飛び出す左回転する電子、地球の自転と遠心力の結果生じるコリオリ力(北半球は見かけ上反時計回りの運動に、南半球では時計回りの運動)、まったくの偶然だとするものなどである。

しかし、少なくとも地球上の生命体は地球表面を広く覆い尽くす水なしには生きられない。実際に、生命活動を担う細胞は、構成成分の70-90%が水であり、また、外力に応じて変形できる柔らかいゲル状の構造を持つ。

また、最初に生まれた生命体である細菌は、35億年前の海水中にあった有機分子を素材として誕生したと推測されている。このころの月と地球の距離は現在の半分ほどであったため、原始の海は激しい引力による潮の干満によって大きく撹拌されており、その渦の中で左右どちらかに偏った有機分子ができ、生命が誕生したという説がある。このことは撹拌によって生じる渦が生命分子に利き手を与えたことを示唆しており、それが近年新しく加わった「生命の海での撹拌」説だ。

ところが、撹拌によって物理的なキラリティーを発現するサンプル溶液の報告は数例あるものの、その機能を発現する分子構造は複雑で限定されたものであった。また、この性質から形成されるキラルな場を他の分子に転写・保持した例はこれまでに報告されていない。撹拌によって生じるキラルな場をさまざまな分子に転写できれば、それにより生じる渦がホモキラリティーの起源の1つに加わる可能性があるというわけだ。

今回、研究チームは赤色発光性レーザーに使う色素「ローダミンB」を高分子ゲル中に少量溶かし込み、一定の方向に撹拌しながら加熱したり、冷やしたりするだけで、高効率のらせん状の特殊な偏光(円偏光)を発生させたうえ、撹拌の方向により左右どちらの円偏光でも得られることを確認。特別な化学反応試薬を一切使用せずに分子の左右を自在に発生する手法が実現することは、科学者の間では21世紀に残された解決すべき課題の1つとされていた。

研究チームは「水の惑星に誕生した生命ホモキラリティーの謎を解く鍵は、細胞構造を模した含水ゲル状構造にあるのではないか? そして溶液の渦巻きの方向だけで分子の左右性が自然発生するのではないか?」との仮説に基づき、研究を開始。まず、左右構造の発生を分光的に可視化するために色素のローダミンB、細胞の構造に似た環境を作り出す材料として紙おむつにも使用される水溶性高分子ゲル化材を用いて検討した(画像1)。

画像1。ゲルを構成する分子構造。左が撹拌によってキラリティーを発現する「イオン性オリゴマー」、右が蛍光色素であるローダミンB

含水ゲル状構造は、室温ではゲル状態(寒天のように柔らかいが半分固まった状態)にあるが、高温ではゾル状態(溶液のようにさらさらの状態)へ可逆的に変化することが可能だ。そこで、縦横1cm、高さ3.5cmの角形石英セルの容器に水を99%、高分子ゲル化剤を1%の割合で入れたうえ、ローダミンBを極微量入れた試料を調製。そして温度を80℃にして一旦ゾル状態にしたのち、撹拌子を毎分1500回転撹拌しながら左右どちらかの渦を発生させ、温度を下げながらゲル状態とした(画像2)。

画像2。サンプルの調製方法。液体状態から撹拌しながら室温まで冷却することで、撹拌方向を反映した円偏光発光性を発現する。ゲル中に記録された円偏光発光性は液体状態まで加熱することで消去できる。再び液体状態から撹拌しながら冷却することで円偏光発光性を付与できる

詳細な円偏光吸収発光測定解析の結果、右または左の円偏光発光が発生し、その偏光状態は1年以上も安定に保持されていた(画像3)。円偏光発光の左右性は渦巻きの方向だけで決定されたのである。

画像3。調製したサンプルゲルが示す円偏光光学応答信号。(a)異なる角度からの円偏光発光性の測定、(b)時計回り(赤)、反時計回り(青)、撹拌しなかった場合(黒)の測定結果、(c)異なる角度からの円偏光発光性結果。いずれの測定面からも撹拌方向を反映した円偏光発光性を発現

しかしながら、温度を再び80℃以上にするとゾル状態になって円偏光状態が完全に消失した。さらに回転方向を逆にして冷却し、ゲル状態とすると今度は円偏光発光の符号が逆になって現れたのを確認。何度でも左右どちらかの不斉構造を発生させることができ、80℃に暖めて冷却すれば逆の方向にひねることができた。

また、これらの方法だけで、分子の左右性を可逆的に何度でも発生、消失、反転することができたことも今回の発見の大きな特徴だ。常温と80℃の間で行う簡便操作ながら円偏光度は最大3%と大きな値を与えた。

今回の成果は生命ホモキラリティーの起源を解き明かす鍵となるばかりか、有機溶媒は一切使わず水を溶媒にして温和な条件下、特殊な触媒や特殊環境下のもとで行う不斉化学反応であり、強力な磁場なども必要とせずに左右分子の作り分けを可能にする次世代の不斉合成の新概念、新技術である。

このことから、種々の合成色素や天然色素(現在数千種類以上が市販または容易に入手が可能)と、紙おむつのような入手容易な高分子ゲル化剤を組み合わせることによって、室温と100℃の範囲での加熱冷却のみで左右の円偏光特性を自在に付け加えることができ、また、溶媒は水のみを使用するため安全性、作業性に優れるといった特長も持つ。

また、本系を媒介することで、撹拌によって生じる渦と円偏光といった一見異なる物理的キラリティーが結びついたことを意味する。また、この原理を用いれば、他の機能分子にも不斉情報を付与することができるはずであり、既存の機能性分子に付加価値を与えることができる。不斉のもととなるイオン性オリゴマーは、安価な市販の試薬から1段階で合成できるため、キラルテンプレート材料として広範な分野での工業的用途が見込まれる。

こうした特長から、研究グループでは、環境・エネルギー・資源にやさしい自然の仕組みに学ぶ21世紀のものつくりとして、完全円偏光度(±100%)を示す偏光機能素子材料の研究開発にはずみがつくことが期待されるともコメントしている。