理化学研究所(理研)と北海道大学(北大)は、核内タンパク質「PDLIM2」(ピィーディーリムツー:PDZ and LIM domain protein 2)が、自己免疫疾患を引き起こすT細胞の過剰な分化の抑制に重要な役割を担っていることを明らかにしたと共同で発表した。理研免疫・アレルギー科学総合研究センター炎症制御研究ユニットの田中貴志ユニットリーダー、生体防御研究チームの改正恒康チームリーダー(大阪大学免疫学フロンティア研究センター免疫機能統御学教授兼務)、北海道大学大学院薬学研究院衛生化学研究室の松田正教授による研究グループの研究によるもので、成果は米科学雑誌「Science Signaling」オンライン版に日本時間12月7日に掲載された。

ヒトの身体は、ウィルスや細菌が体内に侵入した際に、そうした病原体を攻撃して排除する免疫システムを持つ。最初に白血球の1種である「樹状細胞」がそれらを認識し、その情報を免疫制御の中心的役割のリンパ球「T細胞」に伝達していくというわけだ。しかしこの反応が過剰になると、自分の正常な組織まで攻撃してしまう、「自己免疫疾患」を引き起こすことがある。

例えば、本来、結核菌などの「細胞内細菌」(樹状細胞やマクロファージなどの食細胞に感染し、細胞内で生存できる細菌の総称)に対する重要な生体防御機構である免疫システム「肉芽腫」は、自己免疫疾患の「クローン病」や「サルコイドーシス」などの場合、反応が過剰になって全身のさまざまな臓器の障害を引き起こしてしまう。

前述したT細胞の1種で、免疫システムの司令塔である「ヘルパーT細胞」は、細胞内情報伝達物質「サイトカイン」の分泌パターンの違いで「Th1細胞」と「Th2細胞」の2種類に分類される。感染した病原体の種類に応じて、いずれか一方に優位に分化することで効率よく病原体の排除を行うとこれまではされてきた。

しかし、このバランスが崩れてTh1細胞の分化が過剰になると、自己免疫疾患が発症してしまう。そのように考えられてきたが、2005年になって新型の「Th17細胞」が同定され、このTh17細胞が過剰に分化することが自己免疫疾患の原因である可能性が示されたのである。

これまでの研究は、どのようにしてTh17細胞が活性化されるのかということを中心に進められてきた。結果、2種類のサイトカイン「TGFβ」と「IL-6」および転写因子「STAT3」が、Th17細胞の分化・活性化に重要な役割を果たすことが判明した次第である。ただし、Th17細胞への分化を抑制する分子メカニズムについては不明のままだ。

そんな中、2005年に田中ユニットリーダーらが発見したのが、核内ユビキチンリガーゼのPDLIM2である。PDLIM2が、Th1細胞の分化に必須の転写因子「STAT4」に、小さなタンパク質「ユビキチン」を付加して(ユビキチン化)分解に導くことにより、Th1細胞の分化を抑制することを報告したというものである。しかし、PDLIM2のTh17細胞に対する働きについては未確認のままだった。

研究グループは、まずTh17細胞の分化・活性化におけるPDLIM2の役割を検討。細胞内細菌「プロピオニバクテリウム・アクネス」(P.acnes:Propionibacterium acnes)を野生型マウスに投与すると、肝臓に肉芽腫を形成するのだが、この過程にはP.acnesによって活性化されたTh1細胞が必要であることが知られていた。そこで、Th17細胞の分化に必須のサイトカインであるIL-6を欠損させたマウスにP.acnesを投与して肝臓の肉芽腫の形成を調べたというわけである。

IL-6欠損マウスでは、Th1細胞は正常に活性化しているにもかかわらず、Th17細胞の分化が低下して、肉芽腫の形成が正常マウスと比べて著しく減弱。このことから、Th1細胞だけでなくTh17細胞も肉芽腫の形成に重要な役割を果たしていることが見い出された。

一方、PDLIM2を欠損させたマウスにP.acnesを投与したところ、Th1細胞の活性化が進み、正常マウスと比べて肉芽種の形成が明らかに進んでいることが確認された(画像1)。また、この肉芽種を形成したPDLIM2欠損マウスでは、Th1細胞だけでなくTh17細胞も、正常マウスと比較して2~3倍過剰に活性化していることも確認されたのである。

画像1。PDLIM2欠損マウスにおける肝臓の肉芽腫形成の促進。正常マウスおよびPDLIM2欠損マウスに、P.acnesを投与して7日目の肝臓の組織像。矢印で示しているのが肉芽腫。PDLIM2欠損マウスの方が、明らかに肉芽腫の形成が促進している

次に、PDLIM2を欠損させたマウスからヘルパーT細胞だけを取り出して、TGFβとIL-6の存在下でTh17細胞への分化を誘導すると、正常マウス由来のT細胞と比較して、Th17細胞の分化が2~3倍進んでいることが判明した(画像2)。さらに、正常マウスのT細胞と比較してSTAT3が多く発現していることも観察されている。

画像2。PDLIM2欠損マウス由来T細胞におけるTh17細胞分化。正常マウスおよびPDLIM2欠損マウス由来のヘルパーT細胞を、TGFβ+IL-6またはIL-6だけ存在下(グラフの+)と非存在下(グラフの-)で、それぞれTh17細胞への分化を誘導した。Th17細胞から作られるサイトカインであるIL-17およびIL-21を測定することで、分化の程度を評価。PDLIM2欠損マウス由来T細胞の方が、Th17細胞の分化が進んでいる

以上の結果から、STAT4だけでなくPDLIM2は、STAT3もユビキチン化して分解することで、結果的にTh17細胞の分化を抑制することが明らかになったというわけだ(画像3)。つまり、PDLIM2はTh17細胞が過剰に分化して、炎症性疾患や自己免疫疾患を引き起こさないようにバランスを保つ働きをしているものと考えられる。

画像3。STAT3で誘導されるTh17細胞の分化を、PDLIM2が抑制するメカニズム。PDLIM2は、活性化されて核内に移行してきた転写因子STAT3をユビキチン化し、プロテアソームによる分解を促進することで、STAT3を不活性化する。その結果、Th17細胞の分化を抑制し、自己免疫疾患の症状を防止するという仕組みだ

また研究グループは2007年に、PDLIM2が樹状細胞において炎症反応の発動に必須の転写因「NF-κB」を不活性化することで、炎症反応を終息させるように働くことも報告済みだ。これらにより、PDLIM2が多段階で免疫反応を抑制できることを示している。従って、PDLIM2の活性を人為的に制御することができると、炎症性疾患や自己免疫疾患の免疫制御法や強力な治療薬の開発に役立つことが期待できるというわけだ。