九州大学(九大) 歯学研究院の中西博 教授らの研究グループは、神経障害に伴って脊髄ミクログリアで活性化する「高コンダクタンスCa2+活性型K+チャネル(BKチャネル)」が、鎮痛薬として利用されている「ケタミン」のうち、S体ケタミンが神経障害性疼痛に対して鎮痛作用する際の新たな標的分子であることを発見した。

これらの知見は、S体ケタミンの鎮痛作用部位として脊髄ミクログリアのBKチャネルを新たに加えるとともに、ミクログリアBKチャネルが、神経障害性疼痛に対する治療薬開発における新たな標的分子となることを提示するものと考えられるという。同成果は、米国神経科協会誌「The Journal of Neuroscience」(オンライン版)に掲載された。

ケタミンは、モルヒネも効かない難治性慢性疼痛の神経障害性疼痛に対しても有効で、学異性体であるS体とR体が等量混在するラセミ体として臨床使用されているが、幻覚などの強い副作用があるため、麻薬指定されている。副作用の原因として、R体によるシグマ受容体への結合が考えられているが、S体にはそのような作用は認められない。

こうした背景から研究グループはすでに、S体はR体と比較して、マウスの神経障害性疼痛モデルにおいて鎮痛作用は4倍程度強く、ケタミンの主な鎮痛作用機序と考えられている中枢ニューロンにおける「N-メチル-アスパラギン酸(NMDA)受容体」に対する抑制作用は2倍程度強いことを明らかにしていたが、S体の鎮痛作用の優位性は、中枢ニューロンにおけるNMDA受容体抑制作用の優位性だけでは説明できていなかった。

そのため研究グループは、神経障害性疼痛の発症において重要な役割を果たすことが知られている脊髄ミクログリアに着目、S体ケタミンの新たな標的分子の探索を行なった。

具体的にはマウスのL4脊髄神経切断により神経障害疼痛モデルを作成し、S体ケタミンの脊髄ミクログリアに対する作用の解析を実施。その結果、S体ケタミンは、神経切断により誘導されるミクログリアの脊髄後角への集積を有意に抑制することが明らかになった。

さらに脊髄後角のミクログリアより、パッチクランプ法によって細胞膜を流れる電流の測定・記録を実施。その結果、通常は記録されないCa2+活性型K+チャネルを介した外向き電流が記録されたという。

この電流は特にカリブドトキシン(BKチャネル抑制剤)と低濃度TEA(K+チャネル抑制剤)で抑制され、アパミン(別種のCa2+活性型K+チャネルであるSKチャネルの抑制剤)では抑制されないことから、Ca2+活性型K+チャネルの一種であるBKチャネルを介したBK電流と考えられる。S体ケタミンはBK電流に対して強い抑制効果を示したという。

脊髄神経切断に伴う脊髄ミクログリアにおけるCa2+活性型K+チャネル(BKチャネル)の活性化ならびにS体ケタミンによる抑制。脊髄ミクログリアの機能を直接測定するため、GFP(緑色蛍光タンパク質)により光るミクログリアを持つマウス(Iba1-EGFPマウス)を使用し、パッチクランプ法を用いて脊髄スライス標本内のミクログリアの電気活動を測定(左上図)した。その結果、疼痛時の脊髄ミクログリアは活性型の形態に変化しており(左下図)、Ca2+活性型K+チャネル(BKチャネル)と呼ばれるK+チャネルの活性化が生じていることが明らかになった(右上図)。さらに、S体ケタミンはこのBKチャネルを介した電流を強力に抑制することも明らかになった(右下図)

また、培養ミクログリアにおいてNS1619(BKチャネル活性化剤)により誘発されるBK電流に対し、S体はR体およびラセミ体に比べ、2倍程度強い抑制作用を示したほか、カリブトトキシンの髄腔内投与により、神経切断に伴う神経障害疼痛が抑制されることも認められた。さらに、NS1619の髄腔内投与により疼痛閾値の低下が認められ、この疼痛閾値の低下はS体ケタミンにより有意に抑制されたという。

これらの結果から、S体は中枢ニューロンにおけるNMDA受容体抑制作用の優位性に加え、脊髄ミクログリアのBKチャネルの抑制作用の優位性によって強力な鎮痛作用を示すことが明らかになった。

S体ケタミンの作用部位。今回の研究結果から、S体ケタミンは中枢ニューロンにおけるNMDA受容体抑制作用の優位性に加え、脊髄ミクログリアのBKチャネルの抑制作用の優位性によって強力な鎮痛作用を示すと考えられる

この結果は、純粋なS体ケタミンが神経障害性疼痛治療において極めて有効であることを示すほか、脊髄ミクログリアのBKチャネルが神経障害性疼痛に対する治療薬開発における新たな標的分子となることも提示されたと研究グループでは説明しており、今後、S体ケタミンの脊髄ミクログリアに対する作用についての全容解明を目指すとともに、ミクログリアBKチャネルの抑制作用を指標とした新規鎮痛薬のスクリーニングを行う予定としている。また、ミクログリアBKチャネルの抑制作用を指標とした新規鎮痛薬のスクリーニングも行う予定だという。