宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月24日、X線天文衛星「すざく」が、「Abell2256」という銀河団をX線で観測し、大小2つの銀河団が秒速約1500kmの速度で衝突している証拠を捉えたことを発表した。この測定は、銀河団プラズマ同士が衝突・合体している現場を世界で初めて直接的にとらえたものだという。同成果は、宇宙科学研究所の田村隆幸 助教、および大阪大学の林田清 准教授、上田周太朗 同大学院生、長井雅章 同大学院生などの研究グループによるもので、2011年11月25日発行の日本天文学会欧文研究報告(PASJ)「「すざく」+MAXI合同特集号(PASJ, vol.63, No.SP3」に掲載されることになっている。

宇宙の中で、星は銀河として集まり、銀河はまた銀河団という集団を作っている。宇宙最大の構造である銀河団からは1960年代にX線放射が見つかり、そこには星だけでなく高温のプラズマが存在することが発見された。その後の観測で、この1000万度から1億度という高温のプラズマの質量は星の総量を超えており、プラズマこそが宇宙にある(暗黒物質でない)普通の物質の最も主要な成分であることが判明した。

星よりも多くの質量をもつ星間物質をここまで高温に加熱することは容易ではなく、このプラズマがどのようにして加熱されたかを知ることは、宇宙の構造形成を探る上で鍵となることから各地で研究が進められてきた。多くの天文学者は、小さな構造同士が衝突・合体を繰り返し、より大きな構造へと成長する過程で、プラズマが加熱されたと考えてきた。

銀河団の衝突シミュレーション。2つの構造が衝突、合体してより大きな銀河団になる様子(数億年の進化)を計算機上で再現したもので、この画像は、プラズマの密度を対数表示したものとなっている(製作:山形大学の滝沢氏、出所:JAXA Webサイト)

言い換えると、銀河団のスケールでは大部分の質量を占める暗黒物質が持っている重力エネルギーが、プラズマの運動エネルギーを経由して、その熱エネルギーに変換されたことになる。これまでの観測では、プラズマの温度の分布はよく調べられてきたが、その元になったと考えられる銀河団プラズマの運動については、 X線画像の解析から衝撃波などによる銀河団プラズマの形状の微妙な変化から推定することしかできなかった。

今回、研究グループは、日本のX線天文衛星「すざく」を用いてこぐま座にある銀河団「A2256」を観測した。同銀河団は大小の2つのプラズマ構造を持ち、それらが合体する途中にあるようにみえる「衝突銀河団」の代表である。

「すざく」による銀河団「A2256」のX線画像。黒色と青色の2つの丸は「大構造」と「小構造」の位置を示す。左下の白い矢印は、角度の4.6分角(1度の13分の1相当)で銀河団の位置でおよそ100万光年の広がりを示す

左と同じ領域の可視光画像。ここに写っている銀河の一部が銀河団のメンバー(左および中央の画像の出典:Digital Sky Survey by the Space Telescope Science Institute)

X線画像(青)と可視光画像(赤)の重ね合わせ。この図の一辺は、18分角(銀河団の位置で約400万光年)(出所:JAXA Webサイト)

「すざく」のX線分光能力を用いて、銀河団プラズマからのX線輝線のドップラーシフトを測ることで、この2つのプラズマ構造の(地球と銀河団を結ぶ視線方向の)速度を精密に測定し、その運動状態をとらえることを目指したもので、観測の結果、これら大小の2つの構造はおよそ1500km/sの速度で衝突しており、数億年後には合体すると予想されることが判明した。

「すざく」による銀河団A2256の「小構造」の鉄ラインを含むX線スペクトル。横軸は、エネルギー。上のグラフの縦軸は、各エネルギーあたりのX線の強度(単位は、カウント/秒/KeV)。下のグラフの縦軸は、データとモデルの比。このデータによって、「小構造」の後退速度(赤方偏移)の精密測定を行った。(a)と(b)は、どちらも同じデータを誤差棒つきの十字で示されているが、データを再現するためのモデル(階段状の実線)が異なる。(a)の場合は、データを最も正しく再現するモデル。この場合、「小構造」は、「大構造」より小さな後退速度を持つ。一方、(b)の場合は、「小構造」が、「大構造」と同じ速度、すなわち、お互いに動いていないと仮定した場合のモデル。それぞれの図の下のグラフは、データとモデルの比を示す。(a)の場合は、データとモデルが良く合っているが、(b)の場合は、データとモデルにずれが見える。このようなデータ解析を通じて、「小構造」が「大構造」に対して、おおよそ1500km/sで運動していることが測定された(出所:JAXA Webサイト)

ドップラーシフトを用いて天体の速度を測ることは天文学の基本で、多くの天体で用いられているが、銀河団プラズマの速度を測定したのは今回の観測が世界でも初めてだという。これは、「すざく」に搭載されたX線検出器(CCD)の感度と、エネルギー決定の精度が世界で最高レベルであることから可能になったものだという。

今回の測定から得られた「大構造」と「小構造」の衝突を上から見た模式図(出所:JAXA Webサイト)

銀河団プラズマの速度を測定することは、少なくとも2つの意義があると研究グループは説明する。まず第一に、衝突・合体の証拠をつかみ、宇宙の構造形成の現場を直接的に調べることが可能となる。コンピュータシミュレーション上で宇宙の構造形成を再現し、その進化を見ることができるようになったが、実際に観測できるのは、それぞれの天体のスナップショットにすぎず、このスナップショットに、天体の運動、すなわち「動画」を加える事ができれば、進化の様子がより理解できることとなる。

これまでは、1つひとつの銀河の運動について、ドップラー効果を使って測定してきた研究はあるが、銀河の数はせいぜい百個程度であり、それぞれの銀河がどの集団に属しているかを判別することは、簡単ではなかった。また、銀河の集団とプラズマの集団が一緒になって動いているかどうかは、必ずしも自明ではないため、プラズマの運動を測り、すべての役者(銀河とプラズマ)を含む銀河団全体の3次元的な「動画」をとらえることが重要となっていた。

次に第2の意義として、プラズマの運動を測ることで、その運動を支配している暗黒物質の総量や分布に迫ることができるようになるという。地球やほかの惑星は、太陽の周りをそれぞれ異なる速度で回っているが、これは、惑星の遠心力と太陽の重力が釣り合っていることを意味する。同じように、銀河団の中でも、いろいろな力と暗黒物質の作る重力が釣り合っているはずであるが、これまではプラズマの運動を無視し、プラズマの熱的な圧力が重力と釣り合っている(熱的な圧力=重力)と仮定して暗黒物質の総量が推定されてきた。

しかし、もしも、プラズマが大きな速度を持って動いていると、この仮定は成り立たなくなる。例えば、プラズマが回転している場合では、熱的な圧力+遠心力=重力となり、これまで考えていた以上の暗黒物質が必要になることとなる。今回の測定は、「衝突銀河団」という特別な状態にある天体の結果であり、これまでにも、一部の研究者の間では、「熱的な圧力=重力」の仮定が成り立たない可能性が検討されてきた。

このようなプラズマの運動が、「普通の銀河団」でも存在するのか否か、これが次の課題であり、暗黒物質の分布を正確に知るためににどうしても必要な調査となると研究グループでは説明している。

宇宙には見つかっているだけでも1万を超す銀河団があり、その中にはいろいろな成長段階、すなわち運動状態を持つものがあるはずである。現在、日本が開発を進めている次世代X線天文衛星「ASTRO-H」には「すざく」のX線検出器比で20倍の高いエネルギー分解能を持つ新しいタイプのX線検出器(X線カロリメータ)が搭載される計画で、同装置を用いて銀河団プラズマの運動を系統的に観測することで、宇宙の大規模構造の成長の様子をとらえることが可能となり、その結果、それを支配している暗黒物質の謎に挑むことができるようになると研究グループでは期待を示している。