東北大学(東北大)大学院医学系研究科眼科学分野の中澤徹 教授らの研究グループは、緑内障の病態モデル動物に対して、さまざまな生物種・組織で機能する、細胞内タンパク分解酵素である「カルパイン」の活性を抑制するカルパイン阻害薬「SNJ-1945」を投与してその神経保護効果を確認したことを明らかにした。同成果は、理化学研究所脳科学総合研究センター神経蛋白制御研究チーム 西道隆臣シニアチームリーダー、高野二郎研究員の協力と、千寿製薬よりカルパイン阻害薬SNJ-1945の提供を受け、中澤教授と、同 劉孟林 助教ら行った研究によるもので、研究論文は科学誌「Journal of Neuroscience Research」(電子版)に掲載された。

緑内障は40歳以上の約5%が罹患し、現在失明原因の第1位の疾患となっている。働き盛りの成人が失明することによる社会的損失は大きく、失明予防の観点から緑内障治療の研究・開発は重要であるほか、70歳以上では約10人に1人が緑内障を持つため、少子高齢化に伴い失明患者はさらに増加することが予想されている。

現在の緑内障治療はすべて眼圧下降に着目しており、それ以外の作用機序による治療法は存在していない。また、日本人は諸外国の緑内障患者と病型が異なり、全緑内障患者の約7割は眼圧が正常範囲である正常眼圧緑内障であるため、日本人の緑内障治療において眼圧降下と異なる新しい治療法の開発が重要となっていた。

同研究グループでは、緑内障の基本病態は「視神経乳頭陥凹拡大に伴う網膜神経節細胞死」であることから、その細胞死を抑制する神経保護治療の開発に着手。具体的には、動物実験では、野生型のC57BL6マウスと、内在性カルパイン阻害タンパク質・カルパスタチン遺伝子欠損(Cast-KO)マウスを用いて、片眼の視神経の機械的な挫滅および、ビンブラスチンの微小管の障害作用を利用し、視神経の軸索流を障害するモデルを作成した。

緑内障の病態は、"視神経乳頭陥凹拡大に伴う網膜神経節細胞死"。病態が進行した結果、視野欠損と視力の低下を招き、生活に支障をきたす

この軸索流の障害によって網膜神経節細胞の細胞死が起こり、障害後7日目に生存細胞数を数えて定量するほか、細胞培養実験では、これらと同様野生型とCast-KOマウスから網膜を採取し、網膜神経節細胞培養を行った。また、SNJ-1945をそれぞれ動物あるいは培養細胞に投与して網膜神経節細胞に対する保護効果を評価した。

その結果、神経挫滅と同様に、ビンブラスチン投与でも軸索流障害を起こし、網膜神経節細胞死が観察された。Cast-KOマウスや、その培養細胞では、より多くの網膜神経節細胞死が認められたほか、SNJ-1945の投与によって、病態モデル動物の網膜神経節細胞の生存率が有意に上昇し、培養した網膜神経節細胞にも保護効果が認められた。

"網膜神経節細胞"が長い軸索を伸ばして、視神経乳頭を経由して脳までつながる。

今回の研究成果は、SNJ-1945が緑内障病態モデル動物に神経保護効果があり、緑内障の新しい治療薬となる可能性を示したものとなった。今後、霊長類における投与試験で治療効果が確認されれば、臨床応用につながって新規緑内障治療薬となることが期待できると研究グループでは説明している。