東北大学は、右巻き・左巻き「らせん型」カーボンナノチューブ(CNT)最短構造のボトムアップ化学合成(小さい構造から大きい構造を作り上げる方法)に成功したことを発表した。東北大学大学院理学研究科化学専攻の磯部寛之教授らの研究によるもので、成果は日本時間の10月12日に英科学誌「Nature Communication」に掲載された。

CNTは次世代材料として期待されており、現在さまざまな研究がなされている。開発方法もすでにいくつも開発されているが、さまざまな構造体が混ざった状態で作られ、提供されているのが現状だ。

短いCNTを1種類の物質として、ボトムアップ化学合成(小さな構造から大きな構造を作り上げる手法)・分離しようとする試みが世界的に活発になったのが、ここ数年のCNTに関するトレンドの1つ。2008年末から2010年年頭にかけて、カリフォルニア大学バークレー校、名古屋大学、京都大学の3グループがそれぞれ独立して、ほぼ同時期に最短CNTの化学合成を報告。相次いで「アームチェア型」最短CNTの選択的合成が実現となった。

一方で、より複雑な構造を持つらせん型CNTの化学合成は困難で、アームチェア型最短CNTの合成に成功した名古屋大学のグループも、2011年4月にチューブ構造を保つことが難しく、右巻き・左巻きの構造が消失してしまうという問題を報告していた。この先行研究により、最短CNTでは、右手と左手のような鏡像関係である「光学活性」を保つことが困難であることが、より明確となったというわけだ。

磯部教授らは、4つのベンゼン環がジグザグに連なった構造を持つ芳香族分子「クリセン」の合成法を独自に2008年に開発したが、そのクリセンの構造が、CNTや「グラフェン」(炭素原子のシート)の部分構造であることに着目。らせん型最短CNTの化学合成に最適な構造だと考え、研究を行ってきた。

今回の研究では、クリセン分子4つを、2つの化学物質を結合させる反応である「カップリング反応」の一種である「ホモカップリング反応」という同種の分子を結合させる反応を用いることで環状につなげることに成功した(画像1~3)。このボトムアップ化学合成法により、異なる構造を持つ最短CNTを一挙に6種類合成した。

画像1。らせん型、アームチェア型CNTの構造。色つきの部分が今回、化学合成された最短CNT。上段の2組(4つ)が、らせん型で右巻き構造(P)と左巻き構造(M)となっている。(P)型を鏡に映すと(M)型となり、両者は右手と左手の関係にあることがわかる。下段のふたつはアームチェア型。構造の下の番号は、ナノチューブ構造の種類を示すもので、カイラルインデックスと呼ばれる

画像2。化学合成された最短CNT(画像1)を上から見た図

画像3。化学合成されたらせん型最短CNTの分子模型(代表例、カイラルインデックス(12,8))。上のらせん構造は左巻き、下のらせん構造は右巻きになっており、両者は鏡に映した関係になっている。今回の研究では、これらの左右識別合成(不斉合成)までも実現している

CNTは異なる構造体であっても、非常によく似た性質を示すことから、個別分離と構造決定が次の難題となる。研究グループでは、コレステロールを活用した分離法を開発することで、そのすべてを個別に分離し、続いて分光分析法と理論計算法を駆使することで、6種類すべての最短CNTの完全構造決定に成功したという次第だ。

分離した最短CNTの内、4種類が右巻き・左巻きの構造を保った「らせん型光学活性CNT」であることを明らかにし、この成果により、右巻き・左巻き最短CNTを化学合成できることが、世界で初めて実証された。

なお、今回の研究の合成法は、京都大学の山子茂教授が2010年に開発したアームチェア型CNTの合成経路を基にし、この方法論が、より複雑な分子骨格を持つ芳香族分子に適用可能であることを示したものとなる。

研究グループではさらに、最短CNTの右巻き、左巻きの「不斉合成」(作り分け)を試み、ボトムアップ化学合成の際に、コレステロールを添加することで、右巻きを優先的に作ることができることも明らかにした。現時点での左右の識別効率は、最高17%とそれほど高くはないものの、ただ1つの光学活性最短CNTを、選択的に合成し得ることを示す世界で初めての例となった。

近い将来、有機合成化学を活用したCNT化学合成法が進展することで、単一の構造を持つCNTの化学合成が実現されることが期待されている。今回の研究の成果は、ボトムアップ化学合成により、複雑な構造を持つ光学活性CNTの選択的合成までも実現可能となることを示したものだ。さらに最短CNTは、明確な分子構造を持っていることから、ナノチューブ基礎構造の持つ化学的性質を解き明かすため、貴重な基準物質となることが期待されている。