東京大学と高エネルギー加速器研究機構(KEK)は10月11日に共同で、KEKの放射光科学研究施設「フォトンファクトリー」を利用して、酵素が大きく形を変えながら、ふたつの反応を触媒する様子をとらえることに成功したと発表した。東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻酵素学研究室の若木高善教授、同伏信進矢准教授らによる研究で、成果は「Nature」オンライン版に10月10日掲載された。

超高温の熱水中で生育する微生物である「超好熱菌」は、生命の共通の先祖=生命の起源に近いと考えられている(画像1)。超好熱細菌の多くは、一般的な生物(細菌や真核生物)とは異なる系統に属する生物群である「古細菌」の仲間だ。

画像1。生物の進化系統樹の概略。超好熱菌を赤で示した。右側の枝を形成する「古細菌」と、「細菌」の枝の根元の近くに位置する超好熱菌がFBPA/Pを持つ

超好熱性古細菌の中には、炭酸ガスのような簡単な無機物から、糖類などの複雑な化合物を合成し、自分の細胞を作り上げることができる性質(独立栄養性)を示すものもいる。そうした生物が糖を合成する反応経路(糖新生経路)は、原始的な生命が進化する際に重要であったという。

一般的な生物の場合、糖新生経路の途中の化学反応には、「FBPアルドラーゼ」と「FBPホスファターゼ」という2種類の別々の酵素が連続して関わる。しかし、超好熱性古細菌などの糖新生経路では、これらの反応を1つのタンパク質が担う。この酵素は「FBPアルドラーゼ/ホスファターゼ」(FBPA/P)と呼ばれ、2種類の異なる化学反応を触媒することができる「一粒で二度おいしい」酵素だ。

研究グループは、大分の別府温泉より単離された超好熱性古細菌「Sulfolobus」(スルホロバス)の持つFBPA/Pを用いて実験を行った。FBPA/Pの立体構造は8個の同じユニットが寄り集まった大きな樽のような形で、ユニットの間の部分で化学反応を触媒する仕組みだ(画像2)。

画像2。FBPアルドラーゼ/ホスファターゼの全体構造。同じユニットが8個寄り集まって樽のような形になる。1つのユニットを虹色(青~水色~緑~黄緑~橙~赤)で、結合した基質「ジヒドロキシアセトンリン酸」を紫色の球で、マグネシウムイオンをピンクの球で表した

FBPA/Pが触媒する2種類の反応は、具体的には、1つが「ジヒドロキシアセトンリン酸」(DHAP)と「グリセルアルデヒド-3-リン酸」(GA3P)を結合して「フルクトース-1,6-ビスリン酸」(FBP)を作るFBPアルドラーゼ反応。もう1つが、FBPを「フルクトース6リン酸」(F6P)と「無機リン酸」(Pi)に切断するFBPホスファターゼ反応だ(図3左)。

研究グループは2004年に、後半のFBPホスファターゼ反応を触媒している途中の状態の立体構造(図3右下:FBPが結合している)を明らかにした。今回、前半のFBPA反応を触媒している途中の状態の立体構造(図3右上:DHAPが結合している)を、フォトンファクトリーPF-ARの「NW12A」を利用し、X線結晶構造解析の技術を用いてとらえることに成功したというわけだ。そして2つの状態を比べることにより、FBPA/Pが持つ1つしかない活性中心(化学反応を触媒する部分)で、「蓋ループ」、「シッフ塩基ループ」、「C末端ループ」という3つのループが大きく動くことにより、活性中心がまったく異なる形に変化することを確認したのである。

画像3。FBPA/Pが触媒する反応(左側)と、反応が起こる部分の模式図(右側)。FBPアルドラーゼの状態(上側)とFBPホスファターゼの状態(下側)では3つのループの形が大きく異なる

FBPアルドラーゼの状態では「リジン残基」(K232)が第一の基質であるDHAPと結合しており、第2の基質であるGA3Pが活性中心に入ってくると、すぐ近くにある「チロシン残基」(Y229)の働きにより、GA3PとDHAPは結合してFBPができると考えられている(FBPアルドラーゼ反応)。

FBPができるとリジン残基は自由になり、3つのループが動けるようになる仕組みだ。シッフ塩基ループがひっくり返り、蓋ループとC末端ループが閉じることにより、FBPホスファターゼの状態になる。すると、「アスパラギン酸残基」(D233)が活性中心に入って、マグネシウムイオンが結合できるようになるというわけだ。このマグネシウムイオンの結合が引き金となり、FBPがF6PとPiに切断されるのである(FBPホスファターゼ反応)。

この「変身」こそが、2つの異なる、しかし一連の反応を順次触媒するカギだ。このような仕組みは、1つの酵素は1つの反応を触媒すると信じられてきた生化学の常識を覆すものである。現在の生物のほとんどはFBPA/Pを持っておらず、上記のように、2種類の別々の酵素でこれらの反応を触媒している。原始的な生命は、FBPA/Pのような一人二役の酵素を利用して、今よりシンプルな方法で生合成を行っていた可能性もあるという。

また、今回の発見で多機能酵素が他にも存在する可能性が示されたことになり、有用な化合物を簡単な化合物から一度に合成できる酵素が見つかることも期待されているとした。