東京大学(東大)と日本経済団体連合会(経団連)は8月1日、グローバルに通用する人材を育成する事業で協力していくと発表した。東大大学院情報理工学系研究科と経団連高度情報通信人材育成部会が共同で、ITを活用し、複数の専門分野にまたがって社会の課題を解決していくようなリーダーの育成を産学連携で目指す。早ければ今秋にもプロジェクトを取りまとめ、来年度の秋、または再来年度春の入学からカリキュラムを開始したい考えだ。

今回の両者の協業は、「ICTを複合的な視点から活用し、複数の専門分野を統合した」(情報理工リーディング大学院プログラムコーディネーター國吉康夫教授)人材の育成を目的としており、新たな課題の発見とその独創的な解決によって社会の変革を先導するリーダーの育成を目指す、としている。

さまざまな分野の専攻が協力し、複合的な専門知識を持ち、グローバルに通用する人材を育てていく

情報理工が「単にICTの技術の分野にとどまっていては、社会の要請に応えることができない」と國吉教授。そこでさまざまな分野をカバーでき、広く課題解決ができるような人材育成が重要だと判断した。

さらに経団連でも、ITをキーとして「複合的人材の育成が急務」(岩野和生・日本IBM スマーターシティ技術戦略担当執行役員)との認識で、ITという社会のクリティカルインフラとしての責任を果たす人材を養成することが必要だとしている。

今回の協力関係に基づき、両者はまず、「グローバル・クリエイティブリーダー育成ワーキンググループ(WG)」を発足させる。WGでは、東大から國吉教授のほか、情報理工学系研究科長の萩谷昌己教授、同研究科産学連携委員長の原辰次教授らが参加。経団連からは高度情報通信人材育成部会のメンバーが参加して検討を行う。

具体的には、グローバル・クリエイティブリーダーとして求められる人材像を検討し、それを育てるためのカリキュラムを共同で作成。全体のプログラムの共同運営を行う。また、「グローバルデザイン・ワークショップ」として、新たな課題の分析、新たなシステムの設計、新たな発想のプロジェクトの企画を行う場も設けていく。ワークショップでは、社会人とも議論できる環境を整え、「コミニュケーション力を育て、発想力、企画力を醸成」(國吉教授)できるようにしたい考えだ。

カリキュラムの中で生まれた社会の課題を解決するプロジェクトを実際に実行し、しかも1~2年の長い取り組みの中で解決を目指していくような実践の場も作っていく計画。また、経団連から人材を派遣してもらい、学生の指導や教育にも当たってもらう意向だ。

社会の課題としては、スマートシティ、スマートコミュニティ、スマートアグリなどといった「社会のリデザイン」(同)や電子政府、オープンガバメントなどの「次世代行政システム」、サイバーフィジカル、ICT医療、ロボット活用などの「新ニーズ発見と新サービス創造」、災害・テロ耐性のあるシステムや情報サービス、ロボットといった「危機対応システム」という4点を挙げるが、検討の中でプログラムの方向性を定め、「グローバルな視点で社会全体を大局でとらえて設計できる人材」(同)を育成していくことを目指す。

東大側では、情報理工学、情報学環、都市工学、電気工学、農学の専攻が協力し、高度な専門性と実践力を修士課程で収め、博士課程ではIT、マネジメントや制度・政策といった分野もカバーする人材を育成していく。これを実現するためには複数の専門力が必要なため、プロジェクトに必要な複数の専門分野にわたる教育、プロジェクト立案・遂行にかかわる教育など、カリキュラム内容にも工夫を凝らす。行政や国内外の研究機関、NPOとの協力関係を構築していく計画で、その一環として産業界として経団連が参加する。

人材を育成するだけでなく、その後の進路も検討しており、経団連とともにキャリアアップのシナリオを描いていくとしている。また、育っていった人材の追跡調査も行い、その評価体系も構築していく考えだ。

こうした複数の専門分野にまたがって社会のリデザインを目指す人材育成という「新しい方向性の取り組み」(同)であるため、学問的な裏付けも必要だと國吉教授は話す。「情報系の手法を駆使して新学問分野を作っていきたい」(同)考えで、人材育成との両輪で推進していく意向。新たな学会やデジタルアーカイブ、刊行物の創設で評価基準の構築や成果の発表も行っていく。

経団連の岩野氏は、「ITがビジネスのクリティカルインフラとして機能してきたが、社会のクリティカルインフラとしても影響を与えるフェーズに入ってきている」と指摘。ITが社会の問題解決の全般に適用できるようになってきているという認識で、例えば海外でも大学や米政府などで、ITを社会の課題解決に活用していく方向性になっていると指摘する。

経団連では、「秋に向けて、社会が必要としている人材像の定義と育成方法の提言をまとめている」(高度情報通信人材育成部会長・重木昭信NTTデータ顧問)ところで、これをもとに政府の予算や大学の賛同を広く求めていくという。その一環としての東大との協力で、今後、他大学でも動きがあれば協力していきたい考えだ。

両者では、秋までにWGでの検討で教育内容や連携内容を固め、年内に詳細までを決定するスケジュールで、それをもとに東大では、来年度の秋に大学院に専攻を設置していきたい考え。これに間に合わない場合は、翌春に設置することにしている。大学からの進学だけでなく、半数近くは社会人入学を狙っているとのことだ。