慶應義塾大学 医学部の吉村昭彦教授らの研究グループは、自己免疫疾患の発症を抑える新たな免疫調節メカニズムを発見した。同成果は、米国科学雑誌「Immunity」のオンライン速報版で公開された。

免疫システムはヒトの身体を多種多様な病原体から守っている。仲でもヘルパーT(Th)細胞は免疫系の司令塔としての役割を担っており、侵入した病原体の種類に応じて、Th1、Th2、Th17の3種類のいずれかのT細胞に分化誘導され、その病原体の排除に最適な免疫応答を誘導する。

図1 ヘルパーT細胞の分化と関連する免疫応答と免疫疾患。侵入した病原体の種類に応じて、3種類いずれかのエフェクターヘルパーT細胞(Th1、Th2、Th17)が未感作ヘルパーT細胞から分化し、その病原体の排除に最適な免疫応答を誘導する。Th1細胞誘導にはインターロイキン-12(IL-12)、Th2細胞誘導にはIL-4、Th17細胞誘導にはTGFβとIL-6といったサイトカインが分化の方向付けを行う。一方、これらの細胞が過剰に応答したり、自己たんぱく質などに反応するとさまざまな疾患が発症する。この中でTh17細胞は自己免疫疾患と特に関係が深いと考えられている

一方でこれらが過剰に作用したり、自己のたんぱく質などに反応すると免疫疾患となる。例えば、Th2細胞が過剰に産生されると、花粉や食物などに反応してアレルギー疾患を引き起こすほか、最近発見されたTh17細胞は、関節炎リウマチや多発性硬化症、乾癬、炎症性腸疾患などの自己免疫疾患を引き起こす細胞として注目されており、同細胞を抑制することで多くの自己免疫疾患を治療できるのではないかと期待が高まっている。

未熟なT細胞がTh17細胞へと成熟分化するにはインターロイキン6(IL-6)や腫瘍増殖因子β(TGFβ)と呼ばれるサイトカインが必要であることが知られており、TGFβはRORγtと呼ばれる転写因子の発現促進を介して、Th17細胞への分化を誘導することは分かっていたが、その詳細な仕組みは不明であった。

もしその仕組みが分かれば、Th17細胞を抑制する有効な方法が発見できるであろうと考えられており、研究グループではTh17細胞が産み出されるメカニズムの解明を試みた。

具体的にはまず、TGFβによって発現に影響が出る遺伝子の中で、Th17細胞への分化と関連する遺伝子を検索した。影響が出た遺伝子の中で、Eomesと呼ばれるたんぱく質を作る遺伝子がTh17細胞では発現を抑えられ、他のTh1細胞やTH2細胞では抑えられないことを突き止めた。

図2 Eomesの発現量が少ないと、Th17細胞分化が誘導される

A:未熟なT 細胞をそれぞれのヘルパーT細胞に分化させて、Eomesの発現を検出した。ThOは中性条件でいずれのヘルパーT細胞にもならない条件。制御性t細胞(Treg)はTGFβとIL-2で、Th17細胞はTGFβとIL-6で誘導した。赤で囲ってあるTh17やTregは誘導にTGFβが使われているが、いずれもEomesの発現が低く抑えられている。
B:ヘルパーT細胞にEomesを強制的に発現させた場合のTh17細胞分化。T細胞にEomesを強く発現させた場合、T細胞の刺激(TCR)やTGFβ刺激によって誘導され、Th17細胞に特徴的な遺伝子でもあるRORγtやIL-17Aの発現が低く抑えられ、Th17細胞分化が抑制される。
C:ヘルパーT細胞でEomesを人為的に発現させなくした場合のTh17細胞分化。Eomesの発現を抑制するとRORγtやIL-17Aの発現が亢進することが分かる。この時、TGFβを加えていないのでEomesの抑制はTGFβを代替できることも分かる

そこで、Eomesを未熟なT細胞に人為的に発現させたところ、Th17細胞の誘導が減少していることが確認された。逆にEomesの発現を抑えたT細胞ではTGFβを加えなくてもTh17細胞が誘導されたことも確認した。Eomesは転写因子としてDNAに結合して遺伝子の発現を制御するたんぱく質であり、さまざまな実験を行うことでEomesは、Th17分化に最も重要なRORγtやIL-17Aの遺伝子のプロモーターと呼ばれる部分に作用して発現を抑制していることが判明した。

図3 EomesはRORγtとIL-17Aの転写を抑制する。RORγt(左)とIL-17A(右)の遺伝子の発現をコントロールするプロモーター(promoter)と呼ばれる部分の転写活性を調査。これらのプロモーターは、T細胞の刺激を模倣するPMAとIonomycinという薬剤で活性化されるが、その時にEomesを発現させるとプロモーターの活性が抑制されることが分かる。このことから、EomesはRORγtとIL-17Aのプロモーターに作用してTh17細胞分化を抑制することが明らかになった

次に、T細胞でどのようなシグナルがEomesの発現をコントロールしているのかの調査を実施。TGFβにはいくつかのシグナル伝達経路が知られているが、その中でJNKと呼ばれるリン酸化酵素はTGFβによって活性化されることが知られており、JNKに阻害剤を加えて働かなくさせると、TGFβによるEomesの発現抑制が解除されることが判明した。

図4 JNK阻害剤はEomesの発現を回復させTh17細胞の分化を抑制する

A:Th17細胞分化誘導時にJNK阻害剤SP600125を添加すると、TGFβによるEomesの発現抑制が解除される。
B:同時にJNK阻害剤はIL-17Aの発現(Th17細胞分化)を抑制する

またJNKを阻害することでIL-17Aの発現、すなわちTh17細胞分化が抑制されることや、JNKの発現を低下させるとEomesの発現が高くなりTh17細胞が減少することも判明した。さらに、逆にJNKをT細胞に過剰に発現させるとEomesの発現量が少なくなり、TGFβがなくてもTh17細胞分化が誘導されていることも分かった。

次にJNK阻害剤を多発性硬化症のモデルマウスである実験的自己免疫性脳脊髄炎モデルに適用してみたところ、JNK阻害剤は予想通りTh17細胞分化を抑制し、実験的自己免疫性脳脊髄炎の症状が改善されたという。

図5 JNK阻害剤は実験的自己免疫性脳脊髄炎を抑制する

A:マウスを用いた実験的自己免疫性脳脊髄炎のモデル。JNK阻害剤は免疫開始後2日後より11日目まで毎日0.5mg/kgを腹腔内に投与した。脊髄麻痺の状況をスコア化している。
B:実験的自己免疫性脳脊髄炎誘導後31日目の脊髄と脳でのIL-17Aの発現。JNK阻害剤で抑制されていることが分かる

JNKは、c-Junと呼ばれる転写因子を介して機能を発揮することが知られており、詳細な検討から、やはりc-JunがEomesたんぱく質を作る遺伝子の発現を低下させることが判明した。これにより、TGFβ→JNK→c-Jun→Eomesの抑制→Th17細胞分化誘導というTh17細胞分化を制御するメカニズムが明らかになった。

図6 JNK-Eomes経路による自己免疫疾患発症のメカニズムとJNK阻害による治療原理

A:JNKがTGFβによって活性化し、c-Junを活性化するとEomesの発現が抑制される。結果としてRORγtが発現し、Th17細胞分化が誘導されて自己免疫疾患を発症する。
B:JNK阻害剤によってJNKの働きが阻害されると、c-Junの活性化が抑制され、Eomesの発現が上昇する。その結果EomesはRORγtの発現を抑制し、Th17細胞分化が誘導されず、自己免疫疾患の発症を抑える。したがって、JNK阻害剤もしくはEomesの発現誘導は自己免疫疾患の治療に結びつくと考えられる

同研究によりJNK-Eomes経路はTh17細胞分化を誘導することが明らかになった。この結果、Eomesたんぱく質の発現やJNKの機能調節により、さまざまな免疫疾患の制御が可能になることが期待されるが、TGFβがTh17細胞を誘導するメカニズムの全容はまだ解明されたわけではないことから、研究グループでは、今後も引き続きTGFβがTh17細胞分化を誘導する機構の全容解明を目指すとともに、TGFβのシグナルを標的とした自己免疫疾患の治療法の開発を進めていきたいとしている。