第139回芥川賞・直木賞の選考委員会が15日、東京・築地の新喜楽で開かれた。芥川賞には中国籍の作家として史上初の受賞者となる楊逸(ヤンイー)さんの『時が滲む朝』(文學界6月号)が選ばれた。選考会後に東京會舘(東京都千代田区)にて行われた記者発表会では、楊逸さんは「受賞を機に日本にとけこんだよう」と喜びを語り、今後の抱負について語った。
![]() |
記者会見の模様。写真右から直木賞受賞の井上荒野さん、芥川賞受賞の楊逸さん |
楊逸さんは1964年中国黒龍江省ハルビン市生まれ。87年来日、日本語学校を経て、お茶の水女子大学にて地理学を専攻。卒業後、日本にある中国語新聞社で記者として勤め、のちに中国語講師となり現在に至る。2007年、「ワンちゃん」で第138回芥川賞候補となるも惜しくも落選。今回の『時が滲む朝』が3作目となる。
芥川賞選考委員の高樹のぶ子氏は芥川賞を受賞した『時が滲む朝』について「前作『ワンちゃん』より日本語の表現がよくなった」「国境を越えなければ見えないものが書かれている」「"食べる"シーン描写など、人間が必死で生きているという実感が沸く作品」と好評価する一方で「『前作よりシンパシーを感じない』『魅力不足』『前作より文章がよくなっているけれどもう少しステップアップが欲しい』という意見も委員の中にはみられました」と語った。
石原慎太郎氏を除く8名の委員が1回目にほぼ半数、2回目に5名が『時の滲む朝』に投票し、決定した。選考に落ちたのは、岡崎祥久『ctの深い川の町』、小野正嗣『マイクロバス』、木村紅美『月食の日』、津村記久子『婚礼、葬礼、その他』、羽田圭介『走ル』の順だった。1作品ごと"受賞作に至るか至らないか"という観点で論議し、最終的に楊逸さんの作品が受賞となったという。母語が日本語ではない中国人の受賞について、高樹氏は「私自身について言えば、日本語として読む作品で候補作としてあがっているので、作者の母語が日本語ではない、国籍が違うという手加減というかプラスアルファは一切ありません。鑑みる要素ではありませんでした」とした。
東京會舘で行われた記者発表会で、楊逸さんは「一人の中国人として日本で小説を書き、このような形で評価していただき感激しております。受賞できたことをすごく嬉しく思っております」と開口一番語った。受賞の知らせを受けた直後については「まず九州に住む妹に電話しました。妹には勘違いじゃないかと言われ、そうかなとも思ってしまいました(笑)。それと子供たちにも報告しました。『良かったね』と言ってくれました」。
作品の中で天安門事件をテーマとして選んでいることについては「天安門事件をテーマに選んだのは、私が今まで生きてきて一番影響を与えた事件だからです。天安門が起きた頃、私は学生で何も考えていませんでしたが、事件を契機になんのために生きているのか、国と国の関係など、いろんなことを考えるようになりました」。
面白いと思う言葉は「つちふまず」、好きな日本人作家は「筒井康隆さん。なかでも『文学部唯野教授』が好きです」と話す楊逸さんの作品には必ず笑いの要素が含まれている。「それは私の体質ですね」と楊逸さん。
選考では138回芥川賞の候補作だった「ワンちゃん」より日本語が良くなっているとの評価を受けた受賞作について「『ワンちゃん』は2週間ほどで書いたが、『時が滲む朝』は3カ月かかりました。編集者の方に見ていただき、何度か手直しをしました」とした上で「純粋に作品として評価されたことについて、素直に嬉しく感じます」と笑顔を見せた。
今後どのような作品を書いていきたいかという質問には「私が体験した日本をそのまま書きたいと思っております。主人公は日本人以外の方。たとえ日本人を主人公にして書いたとしても説得力がないと思います。まだ、書いていないので見えませんが」と話した。
最後に「翻訳版を中国の人にも読んでほしいですね。素晴らしい賞を裏切らないように、これまで以上に頑張っていきたい。そして日本語を勉強してもっといい小説を書きたい。それは終わりなき仕事だと思っています」と締めくくった。