次世代を育て、未来の音楽を紡ぐ
「世界から浜松へ、浜松から世界へ」をテーマに世界の一流奏者たちが指導に当たる「浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル」。管楽器の修理技術者育成のための職業訓練校「管楽器テクニカルアカデミー」。生徒と真剣に向き合い、世界への扉を開きながら、未来の音楽文化を担う次世代を育む。ヤマハが運営する二つの教育プログラムに共通して流れる「Key」をどうぞ。
“世界から浜松へ、浜松から世界へ”をテーマに、1995年に始まった「浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル」。世界的な管楽器アーティストが若手音楽家を育成する「アカデミー」と、世界トップクラスの演奏を広く一般に公開する「フェスティヴァル(コンサート)」で構成され、毎年夏に“音楽の都”を目指す静岡県浜松市で開かれている。主体的に音楽に向き合おうとする人々のために用意された、“あなたの音楽人生を変える特別な6日間”――そこに込められた思いがどんなものか、のぞいてみよう。
浜松から音楽家を育てる
「浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル」は世界有数の管楽器生産を誇る浜松の文化発信を目的に、浜松市とヤマハなど4社・団体が共催で始めたイベントで、管楽器に特化した音楽祭としては世界最大規模を誇る。毎年、世界トップクラスの管楽器アーティストを招いて約100人の若手音楽家を育成するとともに、普段なかなか聴くことのできない一流奏者の演奏を市民に届けている。
2024年に30回目を迎え、世界を目指す若手音楽家や浜松市民にとってなくてはならないイベントに育っているが、そもそもこのイベントが生まれたきっかけはなんだったのか?「浜松から音楽文化を豊かにしていきたいという関係者の強い想いがありました。それがこのイベントが生まれる原動力になったんです」。ヤマハB&O 事業部でイベントの企画・運営を担当する堀場信明はこう振り返る。
「“音楽の都 浜松”を掲げるためには、楽器だけでなく音楽文化も発信していかなくてはなりません。われわれメーカーもモノをつくっておしまいじゃなくて、楽器を通して生まれる音楽文化をもっと豊かにする使命がある。だからこそ著名なアーティストによる最高級の教育の場を提供し、浜松から音楽家と音楽文化を育てたいと思ったのです」(堀場)
母親がヤマハ音楽教室のピアノ講師をしていたこともあり、堀場にとって音楽は常に身近な存在だった。物心がついた頃から音楽教室に通い、小学校の吹奏楽部ではユーフォニアムを吹いた。社会人になってからも演奏を続けた堀場は2003年、ヤマハ吹奏楽団への入団をきっかけにヤマハに入社。楽器づくりや吹奏楽団の運営を経験したのち、17年前から「浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル」を担当している。
これほど長くひとつの仕事を担当するのは社内でも珍しい。「熱い想いで仕事を続けられる自分はほんとうに幸せ」と堀場は言う。
「本気」をサポートする仕事
最高級の音楽教育は、教授となるアーティスト選びから始まる。それぞれの分野で秀でた演奏技術を有するだけでなく、指導への情熱を持つアーティストを選ぶことが重要だ。アーティストリレーションの担当者と連携し、毎年約10名を選定。2024年にはサクソフォン奏者の須川展也氏をはじめ、ヨーロッパや北米で活躍する一流奏者たちを招聘した。
指導に情熱を持つアーティストが集うため、レッスンにも自然と熱が入る。教授陣は生徒の上達を心から願うからこそ、一人ひとりと真剣に向き合い、時に、厳しく対峙する。「諦めちゃダメだ、君はまだできる」。2024年のトロンボーンのレッスンでは、疲れた表情を見せる生徒を、教授のラーシュ・カーリン氏が叱咤激励する一幕があった。決して妥協することなく、生徒に自らの限界を超えさせる。そういう指導を通し、生徒は確実に上達していくのだ。
堀場の仕事はこうした本気の指導現場をサポートし、生徒たちがレッスンに集中できる環境を整えることだ。教授の表現や意図が十分伝わるように、通訳の選定にも気を配っている。演奏経験がある人や、その教授のもとで学んだことのある人を探し、レッスンを充実させるサポート役もこなしてもらう。「単に通訳をするだけではなく、生徒たちがなにに悩んでいるのかを引き出し、解決してあげられるようにする」。こうした、一見地味に見える気配りの積み重ねが、世界最高の指導環境をつくると堀場は考えている。
進化し続けるコンサート
イベントのもうひとつの柱が、アカデミーの前夜祭、フェスティヴァル(コンサート)である。
30年の蓄積によって枠組みが確立された「アカデミー」に対し、「フェスティヴァル」では常に新奇性が求められる。毎年参加するファンも多いため、常に新たな発見があるフェスティヴァルにするのは至難の業だ。30回目となった2024年は、神奈川県川崎市でも同じ指揮者・オーケストラ・プログラムでコンサートを行った。首都圏に浜松発の音楽文化を届けるという新たな試みだ。
これまでのフェスティヴァルの中で、堀場の記憶に刻み込まれているのは、2014年に開かれた第20回コンサート。節目の年でもあり、堀場は初めてフルオーケストラを用意していた。本番当日、そのオーケストラをバックにアーティストらが奏でるラヴェルの「ボレロ」のソロ演奏を聴いた時、堀場は思わず涙を流してしまったという。
「自分が積み重ねてきた準備の数々を思い出しました。でも、アーティストたちはそんな自分の大変さなど軽々と超えてしまう演奏を聴かせてくれたんです。全力で演奏する一人ひとりの姿に心を揺さぶられて、涙と感動を抑えることができませんでした」(堀場)
より多くの人たちと「共振」するために
17年にわたってアカデミー&フェスティヴァルを支えてきた堀場にとって、音楽とは常に「先生と生徒」「演奏者と聴衆」それぞれが一対の存在である。
「楽器は音で相手を振動させるもの。そこで共振して初めて、自分の想いが伝わったり、共感してもらえたりする。もちろん自分自身に向き合って演奏することは大切だけれど、それだけではもったいない。必ず、なにかとなにかが“対”になっていることが重要だと思います」(堀場)
その「共振」をひとりでも多くの人に届けるため、アカデミーでは中高生向けのコースの新設や、地元の中学・高校吹奏楽部の生徒を対象としたミニレッスンなども開始した。音楽の仕事に携わる中で、人とつながる幸せを何度も感じてきたという堀場。だからこそ堀場は“世界中の人々のこころ豊かな暮らし”を実現するためには、誰かとつながることがなにより大切だと信じている。
実は堀場は、大学生の頃にオーディエンスとして「浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル」を聴きに来たことがある。普段は聴くことができない一流奏者の生演奏に心が震え、浜松から音楽文化を発信するこのイベントを心ゆくまで楽しんだ。当時は、将来自分が運営側に立つとは夢にも思っていなかった。そんな原体験があるせいか、堀場の思考は至極シンプルだ。「自分がほんとうにいいと思ったものを、きちんと届けられるようにしていきたい。それだけです」(堀場)。
世界トップクラスのアーティストによる唯一無二の教育現場を実現し、未来の音楽家を育む「浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル」。次回は、楽器リペアのプロを育てる「管楽器テクニカルアカデミー」を紹介します。
(取材:2024年12月)
堀場信明|NOBUAKI HORIBA
B&O 事業部B&Oマーケティング&セールスグループ。幼少期からユーフォニアムを演奏し、ヤマハ吹奏楽団への入団をきっかけに2003年ヤマハに入社。2007年より「浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル」の企画・運営を担当するとともに、管楽器のマーケティング業務も行っている。
※所属は取材当時のもの
次世代を育て、未来の音楽を紡ぐ
#2 修理技術の「プロがプロを育てる」訓練校
次世代を育て、未来の音楽を紡ぐ
#3 これからの音楽文化を担う、未来のプロの育て方
共奏しあえる世界へ
人の想いが誰かに伝わり
誰かからまた誰かへとひろがっていく。
人と人、人と社会、そして技術と感性が
まるで音や音楽のように
共に奏でられる世界に向かって。
一人ひとりの大切なキーに、いま、
耳をすませてみませんか。