製品・サービスの開発において、企業の取り組みがいつの間にかカラ回りに陥ってしまうのはなぜだろうか。実利用者研究機構が手がけるサポート事例から、その原因を探っていこう。前編では、利用テストを2万回行っても気づくことが出来なかった、プロだからこそ気づけない「盲点」を知り、行動観察調査を通して「本当の利用者の実際にいる世界」を見ることで多くの気付きを得る必要があることを紹介した。では、これを具体的にどのように開発に活かせば良いモノを作れるのだろうか。後編では明確な目標を組み上げ、調査から得られた情報を活かしてそれを形にしていく過程を考えてみよう。

いつの間にかカラ回りに陥ってしまうのはなぜか?

100個以上の新発見を製品開発に結びつけるまで

ここでは血圧計メーカーの事例を見ていこう。同社は家庭用の血圧計でトップシェアを持つが、逆にそのことが長期的成長の方向性を見えにくくする。技術や社会的環境が大きな変動をする昨今、過去のビジネスは参考にならず、モデルになる競合もない。この先の事業をどう成長させるべきか、現行モデルの改善に留まらず今後の開発に新しい軸を見つけることが同社の据えた本プロジェクトの課題だった。

前編で紹介したように、実利用者研究機構が主導する「ジツケン式」と呼ばれるメソッド(提供者の盲点と利用者の盲点の双方に着目したワークショップ通じて、新しい角度から抜本的見直しを行い、提供者が諦めてきた課題解決と、多様な利用者にとっての商品価値強化を同時に行う開発手法)では、メンバーが人の認知や行動を科学的に理解するための研修を受けた上で、利用者テストを行う。チームメンバーには、同社の企画・デザイン・設計・営業まで、商品に関わる全部門の担当者と責任者が参加。後に製品イメージを具体化するにあたり、意思決定を早めるためのメソッドだ。

同社のテストでは対象者が店頭で商品を選び、開梱して電源を入れ、実際に使ってみるまでの行動を利用者6名にたどってもらい、一人ひとりをじっくり観察する形で行われた。驚くことに、テストを観察したメンバーが"発見"した項目は100点以上。自分たちで作り知り尽くした製品のはずだが、それを使う利用者の反応や使い方は「考えたことがなかった」「思いもよらなかった」という行動の連続だった。40年以上血圧計を作ってきた同社でも、見方を変えれば現行製品にこれだけの新事実が見つかるのだ。

しかし、この段階でそれらはまだ「情報」でしかない。重要なのはそれを把握した上で、自分たちが今、正に開発に取り組んでいる商品を通じて、利用者の生活にどういう影響を出したいのか、というヴィジョン(成功イメージ)を、全員で作り上げていくことだ。実利用者研究機構の岡村正昭氏はこれらの作業全体を「同じ山に登る」という言葉で表現する。山に登るためにはまず登るべき「山」を見つけなくてはならない。次はそこに取り組む段階となる。

同機構の代表兼CEOを務める岡村 正昭氏

人の成長が、ものや企業の成長につながる

テストで発見された情報をただ寄せ集めても、それは軸のない「塊」に過ぎず、設計の段階で「あちらを立てればこちらが立たない」といった状況を招いてしまう。ではどうすればいいのか。同機構のプロジェクトではこの段階―情報を得てから具体的な形にするまでの過程―を非常に大切にしている。

この段階ではまずテストで得た情報はいったん脇に置き、できるできないは差し置いて各々が「こうなればいいな」と思う状態を全員で一つにまとめ上げるブレストのような作業を行う。個々のメンバーが考える「理想的な山」から、全員が納得できる「山」を構築していくのだ。これで登るべき「山」の遠景が見えることになる。

次に、「利用者が見ている世界」の視点でその山の登り方をシミュレーションしていく。テストに参加した利用者になったつもりで、「この人ならここで迷うだろう」という点を挙げ、その対応策を考える。この段階になってはじめて、テストで発見された情報が価値を発揮するのだ。ペルソナをどんなに具体的に設定しても思いつかない勘違いや見落としが、実際に観察した利用者には存在する。そのため、こうした対応策を1つの項目として繰り返し挙げていくことで、やるべきことの細部が徐々に決まって行く。

最後に、挙がった項目に4段階の優先順位をつけていく。「必ず採用する」「採用したいが方法は要検討」「次回以降の課題」、そして「やらない」ことを明確にしておくのもポイントだ。同社のプロジェクトでも、メンバーが合意した「山」に対して100件以上の要対応項目が挙がり、新しい製品に盛り込まれた。中には、それまでコストの問題から採用されていなかった液晶の日本語表示について、他を削ってでも採用した方がいいという結論で全員が合意するなど、製品のあり方を大きく変える決定も含まれていた。

ここまできたらあとは「登る」だけ。各部門の担当者に持てる知識と技術力を存分に発揮してもらう番だ。研修から始めた取り組みを全員が共有していることで、後から発生する細々した問題や部門間の調整に煩わされることはない。やるべき作業が明確であり、それに専念できる環境は、ものづくりに携わる者にとって最も望ましいものだろう。

プロジェクトがスタートしてから約1年半をかけ、同社の新しい血圧計が開発された。同社にとってこの取り組みは一製品の開発に留まらず、利用者に合わせたラインナップの再構築から店頭販売のディスプレイまで含めた多角的な改善や、今後の課題も含めた製品開発の方向性にもつながる成果となった。

また、自分たちの目でリアルな利用者の姿を知り、部門の壁を超えてものを作り上げていく体験は、参加したメンバーにとって大きな糧となるものだった。ものづくりに携わる人の成長が製品の成長を促し、ひいては企業や社会の成長につながると、実利用者研究機構では考えている。同機構がこの段階を重視するのは、これも大きな理由である。

迷った時は「他人の視点」も必要

改めて、企業が一生懸命やったことがカラ回りしてしまう理由をまとめてみよう。大きな原因のひとつは、知り尽くしている専門家だからこそ発生する盲点と「本当の利用者が実際にいる世界」を知らず、対策がブラックボックス化していること。もう一つは、「登るべき山」を間違えたり、各々が違う場所を見ていることでプロジェクトが"遭難"してしまうことだ。同機構に持ち込まれる案件には遭難中の事例が少なくない。

例えば、通信販売業者から「代金払込票の高齢者対応をしたい」と、色や文字の大きさについて相談された事例があった。しかしよく話を聞いてみれば、毎月払込票を送っても入金を忘れる人がいるので、それを忘れずに払ってもらえるようにしたいと言う。彼らが本当に困っていたその課題はなぜか影に隠れ、主要顧客層である高齢者に対応することが目標にすり替わっていたのだ。実際に調べてみると、入金を忘れるのは払込票の色や文字「以外」の部分に環境的な要因があるたことが分かった。結果的に入金を忘れにくい環境をデザインによって形成することで、払い忘れに起因する未払い率を9割以上改善するに至った。

また、ある生命保険会社からは保険給付の申請漏れや住所変更の確認書類を「読んでもらう」ために、見やすい色やデザインにしたいと依頼された。ケガや病気をしても給付を申請し忘れる人や、住所変更が行われていないためにスムーズに受給できない人が多く、それを減らそうと毎年控除証明と共に書類を郵送していたのだ。しかし、このケースでも企業が本当に実現したかったのは「読んでもらう」ことではなく「申請漏れを防ぐ・住所変更手続きをしてもらう」ことだった。書類はただ目を引くことを目指した変更ではなく、本当の目的を実現するための内容に作り変えられた。

ブラックボックスに囚われたり、登る山を間違えて遭難した時、自力でリカバリーする努力はカラ回りを加速させかねない。事業の中で発生した課題を解決するのは社会人の仕事だが、本当に目指すべきはその問題が起きない状態で事業を進められる環境を作ることにある。本当に目指す場所を見つけるために、人の視点と知恵を利用することを検討してみてはいかがだろうか。

実利用者研究機構(旧:日本ユニバーサルデザイン研究機構)

2003年より内閣府認証の特定非営利活動法人として、企業や自治体のUD教育やUD品質向上、UD課題解決のサポートを行う。UDの理解から業務への応用までを学べる「ユニバーサルデザインコーディネーター」資格認定制度や、UDに配慮された商品や印刷物を科学的に評価する認証制度の運営も行なっている。代表の横尾良笑氏は、平成28-31年度用中学校教科書「新編 新しい技術・家庭(家庭分野)自立と共生を目指して」で紹介されている他、デジタル教科書のコンテンツ「教科書に載っている仕事人」特集(WEBにて閲覧可能)にも掲載中。

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