資源問題シリーズ第2弾として食糧を考えます。戦前までほぼ100%であった日本の食糧自給率は、その後は低下傾向にあります。他の先進国との相対比較でも最も低いようです。必要カロリーベースでの日本の食糧自給率は39%なので、異常気象などの天災や地域紛争など、予期せぬ事態が長期化した場合には、日本国民の60%に当たる7000万人ほどは飢える計算となるのです。そういう観点では、日本もカロリーベースで食糧自給率を100%に近づける、抜本的な農業政策(食の安全保障)が必要なのではないでしょうか。

日本の小麦を変えた男・稲塚権次郎

弊社を含むインテック・グループは富山発祥の企業です。ご当地に因み、今回はその富山県南砺市出身の稲塚権次郎という農業研究者の話をしたいと思います。2015年に稲塚権次郎の生涯を描く映画『NORINTEN~稲塚権次郎物語~』(稲塚秀孝監督)が仲代達也・主演で公開されましたので、むしろ映画の方をご記憶かもしれません。

稲塚権次郎は明治30年(1897)に富山県南砺市に生まれました。稲塚の家は貧しかったため入学した富山県立農学校まで、何と往復徒歩4時間の距離を本を読みながら4年間通いました。しかし、頭脳明晰で苦労を惜しまない稲塚は、同校を首席で卒業しました。あまりにも成績がずば抜けて優秀だったため、当初予定の就職を取りやめ、先生の勧めで東京帝国大学農学部に入学しました。ここで稲塚はメンデルの法則を応用した品種改良の研究に目覚めます。

帝国大学を卒業後、農林省に就職した稲塚は、農林10号(ノーリン・テン)を昭和10年に岩手県にあった国の指定試験地で育成しました。彼の回想録では「まるで当時の日本の農民のような小麦だったな。背が低くて、頑丈で、骨太っていうのかな。とにかく、いくら穂をつけても倒れないんだ」と農林10号を評しています。

麦や稲は、草丈が長いと風雨や台風で倒伏(とうふく)する被害が多発します。この農林10号は、日本在来品種の「白達磨」から由来する、背が低くなる遺伝子(半矮性【はんわいせい】遺伝子、Rht1,Rht2→植物の背の高さを低くする遺伝子)を持ち、十分な養分を与えられても背丈が高くなり過ぎないため、風雨に倒れ難く、多収になる利点を持ちます。後世には、茎が短いことは収穫の機械化にも有利となりました。しかし、一方で病害に弱いため、日本国内では東北地方を除いて広くは普及しなかったのです。

農林10号が注目を集めるきっかけになったのは、第二次世界大戦後のGHQによる遺伝資源収集です。アメリカ合衆国農業省天然資源局のS.C.サーモンが、日本において有用と考えられる品種の種子を米国に持ち帰り、米国の育種家はそれを用いた育種を行いました。1961年には、小麦農林10号を親としたコムギ短稈多収品種ゲインズが育成されました。同時期のメキシコにおいても、後に国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)の主体となる研究グループが、小麦農林10号を親とした育種を開始。米国の農学者ノーマン・ボーローグらは小麦農林10号とメキシコ品種の交配から、草丈90~120cmのBevor14系の品種群を育成します。

これら短稈多収品種は、インド・パキスタン・ネパールを始め世界各国で栽培されるようになり、コムギの生産性を飛躍的に向上させました。この現象は、後に緑の革命と呼ばれることになり、ボーローグ博士はこの功績により1970年にノーベル平和賞を受賞しました(翌年、稲塚も勲三等瑞宝章を受賞)。現在、農林10号の血を引く品種は世界中で500種以上に及び、50カ国で栽培されています。

昭和32年に稲塚は官職を退き、故郷の富山県城端(じょうはな)町に帰りますが、それ以降の活躍も実に人の心を動かします。「地域のお役に立ちたい」と構造改善事業に地区委員長として取り組んだ他、協業化の指導など地域の農業振興にも大いに貢献しました。「リュックのゴンジロさん」と噂されるほど、いつもリュックを背に、バイクで走り回っていたと言います。

故郷をこよなく愛した稲塚の尽力に、城端町も地元の農家も誠意をもって応えます。稲塚は昭和57年に名誉町民に推挙され、城端町は胸像を建て、長年にわたる彼の労に報いました。稲塚が享年91歳で亡くなった2年後の平成2年に、ボーローグ博士が城端町の稲塚の生家を訪れ、稲塚を偲ぶ記念講演を行いました。その博士の言葉を刻んだ新しい顕彰碑が、生家の跡に今も建っています。日本の農業政策の結果、20万ヘクタールにまで減った麦作を稲塚はどんな想いで見ているのでしょう?

武家政権下でも農民を武士の次の地位としたことからも分かるように、農業は国の根幹であることを武士(主に江戸時代ですが)は、正しく理解していたのではないでしょうか? 世界で最も安全で美味しい農作物を自給できるようになるためにも、積極的な政策運用を期待したいと思います。

本記事は、アイ・ユー・ケイが運営するブログ「つぶやきの部屋」を転載したものになります。

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