ニューアークは、ハドソン川をはさんでニューヨーク市の対岸にある港湾都市で人口28万人。ニュージャージー州最大の都市だがノーススター・アカデミーのあるダウンタウンの中心部は、昼でも人影はまばらだ。貿易港として栄えた20世紀初頭に建てられた寺院、博物館、ホールなどが壮麗に立ち並ぶだけに、そのコントラストに戸惑う。前回も触れたように67年の暴動、放火、略奪で、この地域で商店を営んでいたり、タウンハウスに住んでいた白人層が近隣のエセックス郡へ逃げ出してしまったためだ。

市当局は焼き討ちにあった商店街、住宅街の跡地がスラム化しないように低所得者用の高層住宅を建てたのだが裏目に出た。コミュニティーというものは、情報発信、ショッピング機能、文化やレジャー施設が混在して初めて、成立する。こうした都市機能が付随しない(あるいは逃げ出したまま)の空間に建てた煙突のような高層住宅に、低所得層(圧倒的多数がアフリカ系アメリカ人)を集中させた居住空間には、もともとコミュニティーの成立条件が欠如していた。エレベーターで縦にしかつながれていない空間では、何が起ころうと知らんふりする方が"身のため"だ。麻薬や、暴力事件の頻発で住民の逃げ出した空き室は、少年ギャングたちの格好の隠れ家になった。こうしてニューアーク市は、殺人事件を人口で割った、「殺人率」で全米11位という有り難くないレッテルも貼られてしまった。

このため市当局は、まだ耐用年数の残る高層住宅を閉鎖して、ご近所付き合いの成立する3階ぐらいの低層住宅を作り直すという都市政策の計画変更=二重投資を迫られている。こうしたアメリカの都市問題、都市設計については、別の機会に触れるが、ノーススター・アカデミーに通う少年少女は、こういう生活環境で暮らしていることを知ってほしい。

チャーター・スクールにたどりつくのは、どのような生徒なのだろう。まず高額な私立校に行けない家庭の子弟である。そして公立校の授業について行けなくなった、あるいはいじめなどによって不登校になった生徒。さまざまな理由で公立校の教育システムに不適合な生徒が、「最後の救済地」としてチャーター・スクールの門をたたく。入学は面接だけで無試験。申し込み順と、人種別人口率を勘案して入学を許可する。ノーススター・アカデミーの場合、85%がアフリカ系アメリカ人、15%がヒスパニックだ。うち90%が生活保護の対象となる所得者層である。07年2月現在で、187人が入行希望待ちという。

通常、公立校が午前8時15分開校であるのに対し、ここは7時15分から。朝の1時間を教職員と、ボランティアが用意する朝食と朝礼に当てる。朝食を食べてこない生徒が圧倒的であるためにアトキンス理事長が教職員と話し合い、地域の銀行、ファーストフード店などに協力を求めて朝食、昼食の2回給食を実現した。

この学校のモットーは、「Not being lost in the crowd, closing the racial gaps in learning」。「群衆の中でも自分を見失わず、教育を通じて人種差別を乗り越えよう」とでも訳したらいいのだろうか。きちんとした服装で、大きな声でのあいさつし時間を厳守する。教育生活の基本が徹底している。

教務課長のカルロス・レジニークさんの案内で、小、中学部の教室を見学する。学力別に分けた10数人ずつの小クラス教育が特徴だ。小学校低学部(ドロップアウトが多いので何年生というクラス分けはしていない)のクラスでは九九の掛け算を徹底して暗記させていた。何度でも何度でもやらせて落ちこぼれを出さないようにしている。

チャーター・スクールの成果は、結果に如実に表れている。日本で言うと大学入試の共通一次に当たるSATの合格ラインにノーススターの生徒は100%達している。ニューアーク市の公立高校の平均が56%であることを見てもわずか10年余りでの成果に驚かされる。特に数学試験は、89%が合格している。ニューアーク市公立校の平均が32%、ニュージャージー州平均が78%であることを見ても素晴らしい結果といえる。

古い銀行を改装した高校部に入ると廊下のあらゆる空間に、奨学金を得て大学に進んだ生徒の誇らしげな写真が貼ってある。「これこそが我々の目的なんです。劣悪な環境から脱出するには学歴が必要だから」。30歳代のレジニークさんの声が高まる。彼は、ウオールストリートでファンドマネージャーをしていたが、「金のみに生きる人生」に疑問を感じチャーター・スクールに飛び込んだ。彼らは自主的に下校時間を午後5時半としている。公立校が午後3時半なのになぜ、と聞くと、「両親のいないアパートに早く帰れば悪い仲間が待っている。危険を避けるためにも学校になるべく長くいさせた方がいいのだ」という返事が返ってきた。アメリカ社会には問題が多いが、こういう青年がどこにもいて私の胸を熱くさせるのだ。