4月3日に米国で販売を開始したApple iPad。北米での売れ行きが予想以上に好調であることから、他国での発売が1カ月延期となったほどだ。現在、北米各都市のAppleストアでも品切れが続いており、日本から買いに行ったとしてもその場で購入できるかどうかわからない状況だそうだ。ところが、ある国ではiPadが大量に販売されているのである。

香港の並行品ショップはiPad特需

そのある国とは香港。香港のコンピューター専門ビルや携帯電話販売店を訪れてみると、iPadが普通に販売されているのだ。店によっては店内に在庫を大量に積んでおり、まるで香港でiPadが正規販売されているかのような錯覚を受けるほどだ。もちろんこれらの商品は北米から輸入業者が独自に仕入れたもので、並行輸入品として販売されているのである。

香港の並行輸入パソコンショップで売られているiPad

海外からの輸入品販売というものは、例えばブランド品のバッグのように海外と国内の価格差が大きいときに、海外の商品を国内の定価より安く販売することでビジネスが成り立っている。輸入品販売は、ブランド品をより安く入手したいと思う消費者にとっては便利な存在だ。もちろん保証が無いなどのデメリットもあるが、保証よりも価格を重視する消費者がいるからこそ輸入品販売も成り立つのである。

ところが香港のiPadはAppleの定価の1.5倍から2倍で販売されている。安い輸入品を販売しているのではなく、Appleの定価に輸入コストや人権費、そしてプレミア分を上乗せした高い価格で売られているのだ。話によれば発売の翌日に店頭に並んだiPadは日本円にして20万円近くしたという。現在は価格がだいぶ下がってきているものの、それでも64GBモデルが10万円程度で販売されている。

ここまで価格が高くなるのも、「高くても買いたい」と考える香港の消費者が多いからだ。誰もが見向きもしない製品であれば、定価相当でも売れないだろう。だがiPadは事前の評判以上の製品であり、さらに入手しにくいこともあって割高な値段で「転売」されても十分売れる製品になっているのだ。

価格情報は一瞬にして世界中に広まる

ではなぜ香港に大量のiPadが入ってくるのだろうか。香港は人口わずか700万人の都市国家だ。iPadのような最新の製品に興味ある人が多いとしたとしても、売れる台数はせいぜい数千台程度だろう。だが毎日のように並行品ショップではiPadが飛ぶように売れている光景を目にすることができる。いったいなぜだろう?

それは香港の税制と地の利が関係している。香港はまず電気製品には輸入関税が無く、消費税も存在しない。そのため輸入した製品を国内で販売する際、コスト面だけを見ると余計な費用がかからないことになる。また香港は中国に隣接していること、東南アジアをはじめインドや中東などにも飛行機が多数飛んでおり、世界中の都市と繋がっているのである。そのため香港で輸入さえすれば、ここからさらに他の国への再輸出も行いやすいのだ。実際並行品ショップでは東南アジア系や中東系、インド系などのバイヤーらしき人間が10台20台とiPadを買っている姿を見ることができる。彼らもまた、自国へiPadを持ち出して転売しているのだ。

これは何もiPadに限ったことではなく、香港ではこの手の並行品の販売、転売光景をよく見かける。特に携帯電話は世界中の製品が香港に一度集まるとまで言われるほどだ。また華僑のネットワークは世界中に広がっており、売れそうな製品やお買い得な製品が見つかればあっという間にその情報は共有されるのである。

数年前、Vodafoneが日本で3Gサービスを開始したとき、海外と共通の端末がSIMロックをかけて安価に日本で販売されていた。しかしSIMロックはすぐに解除されてしまい、さらに日本では契約後にすぐ解約して端末を安価に入手することが可能であった。そのこともあって、日本のVodafoneの箱に入った3G端末が大量に香港に輸入されたこともあったのだ。

並行輸入された携帯電話販売ビル店内。アジア各国ではよく見られる

今、日本ではSIMロック解除の議論が盛んになっている。現行の日本の端末販売方法では、違約金を払って中途解約したとしても端末を安価に入手できる販売方法がまだ取られることがあるようだ。そのためSIMロックが無くなればそのまま海外で利用可能となり、日本の端末が一気に海外に輸出されてしまう、と危惧する声も聞かれる。だが世界中を見渡してみれば、日本のような「抜け道」のある端末販売方法を行っている国は皆無だ。それは、そのような販売方法を取れば、その情報が世界中の並行品バイヤーたちに一気に広がり、香港のような国を通じて世界中に転売されてしまうからである。そのため各国の通信事業者は途中解約されても被害を受けぬような自衛策をとった上で、端末を安価に割引販売しているのである。

つまり日本でSIMロック解除販売が行われることになれば、端末の販売方法は今までと大きく変える必要が出てくるだろう。それがどのような方法になるのかは、消費者がSIMロック無しの端末をどう評価するかで変わってくる。「SIMロック無し、しかし価格は今のまま」という意見が多ければ通信事業者は料金体系や販売システム全てを根本から見直す必要に迫られるはずだ。確かに現状の販売方法ではSIMロック解除品販売は難しいかもしれないが、海外ではSIMロック解除端末を無料で販売している例もある。日本ではSIMロック解除端末の販売はできないものなのか? 日本の各通信事業者には各国の事例をじっくりと研究した上での意見を出してもらいたいものだ。