はじめに - ビジョンの効用

次のような逸話をご存知だろうか。

3人の作業者が、同じ建設現場で、同じ仕事に就いている。

その3人に対し、「何の仕事をしているのか?」と訊ねてみると、異なる返事が返ってくる。

  • 最初の作業者: 石を砕いている
  • 2番目の作業者: 生活費を得るために働いている
  • 3番目の作業者: 素晴らしい教会を作るために働いている

ここでは「神を信じて満ち足りた人生を送り、死後は神の下でやすらかに過ごしたい」というビジョンをもった3番目の作業者にとっては、「素晴らしい教会を作る」が明確な戦略やミッションの役割を果たしている。

コンサルタントを目指す際、なにか決まったスキルセットや経験が定義されているわけではなく、免許資格があるわけでもない。では、SAPビジネスに携わる人は、どのようなコンサルタントを目指せばよいのだろうか。

本稿により、コンサルタントを目指す際のビジョンの効用を考えるきっかけとしてもらえれば幸いである。

企業にとってのSAP認定資格取得とは

私が所属する日立コンサルティングは日立グループの一員であるが、同グループは1,600名を超えるSAP認定資格(Cert.2002以上)を有している。そのうちの多くが、社員教育プログラムの一環による取得だ。企業がSAP認定資格取得を社員教育プログラムに組み込む、その目的は何だろうか。

よく言われるのは、業務の経験が不十分、また業務を知らない若手がSAPシステムを学ぶ過程で、偏ることなく業務を理解できるようになることだ。SAPトレーニングを受講して認定資格を取得するメリットがここにある。

現代の企業は、これまでに類をみないほど高度かつ複雑に発展している。それに伴い、実務も範囲を広げ、また深みを増してきている。業界/業態を問わず、実務経験の蓄積を通じて業務が理解できるようになるには、どのくらいの期間が必要だろうか。業務と経営を一体として捉え、経営判断に役立つ業務のKPI(指標)を考え、マネージできる水準となると長い道のりだ。SAP認定資格取得プログラムは、多くの年月を費やさずともコンサルタントを創出できる、いわば短期育成プログラムなのだ。SAPシステムが優れていることの裏返しであるが、企業が社員教育コストを投下してSAP認定資格を取得させる目的は、SAPシステムを通じて企業の実務を学ぶことが可能だからである。

"シニアなコンサルタント"になるために

ただし、SAP認定資格の取得は、コンサルタントというジョブの入り口に立っただけであることを忘れてはならない。実際のSAPシステム導入プロジェクトにおいて、実現化(開発)フェーズのタスクであるパラメータ設定作業(SPRO※を使った作業)は、ほんの一瞬の作業である。したがって、「SPRO使用方法を学ぶこと」がSAPトレーニングの本質ではなく、「クライアントのあるべき姿(上述の"素晴らしい教会")を、SAPシステムでいかに表現するかを設計するためにSAPシステムを理解する(上述の"石を砕く作業")こと」こそが本質なのである。

※ SPRO: SAP ERPシステムのパラメータ設定用コマンド(トランザクションコード)

SAPシステムのユーザー企業の声を聞く機会があれば、ぜひとも耳を傾けてみてほしい。お世辞にも、SAPシステムはマンマシンインタフェースに優れた画面やレポーティング機能があるとはいえない。しかしながら、SAPシステムはKPI経営を可能とするツールであり、実際、各階層(経営トップ、ミドルマネジメントなど)で必要とするKPIが連動している。SAPシステムを通じ、企業経営のKPIツリーを意識できるようになれば、コンサルタントとして成長軌道に乗ったと言える。

"シニアなコンサルタント"、すなわち他人に認められるコンサルタントになるために、SAP認定資格は非常に有効なアプローチではあるが、十分というわけではない。では"シニアなコンサルタント"にはどうしたらなれるのだろうか。

コンサルタントは高度で複雑な職種であり、豊富な業務経験やスキルセット、人間力を必要とする。ここでは特にビジョンついて言及しておきたい。「ビジョンを持つことは明確な戦略やミッションの役割を果たす」と冒頭の逸話は教えている。

ビジョンを持つことで、人は行動や意思決定の基準が明確になり、確信を持った判断が可能となる。また、達成すべきより高度な目的が自ずと見えてくる。結果、自分のみならず、他人も含めどうしたらよいか、想いが及ぶようになる。ビジョンを持つことが、"シニアなコンサルタント"になるための大事な第一歩なのだ。

"ビジョンの効用"を感じよう

最後に、SAP認定資格の取得を検討している、もしくはSAP認定資格を取得して間もないコンサルタントに、自分自身のビジョンを描いてもらうための助言を贈りたい。

まず、日常生活において何かしようとする気迫を持ってはどうだろうか。すなわち、元気で日常生活を過ごすことを、心がけるのである。その元気が「人間は、企業は、あるいは仕事は、こうあるべき」というビジョンを生む原動力に繋がるだろう。ビジョンを持つと、その理想に照らして現実を見るようになり、そこから反省や批判が出てくるのである。

コンサルタントとしてのキャリアパスは、所属する企業により与えられるものではない。ぜひ、自らの手でキャリアパスを設計してみてほしい。"ビジョンの効用"を実感できるものと信じている。

執筆者紹介

泓秀昭(Fuchi Hideaki)

日立コンサルティング ディレクター 日本の大手情報機器製造・SI企業を経験後、SAPジャパンにて、プロジェクトマネージャーとして複数の大規模プロジェクトを手掛ける。コンサルティング部門の部長に就任後、主に製造業のお客様に対し、SAPジャパン主導によるプロジェクトを複数統括する。その後、日立コンサルティングに入社、現職に至る。