皆様新年明けましておめでとうございます。素晴らしい1年となるよう祈念しております。

2012年の年の瀬も押し迫った時に放映された『日本国債』というテレビ番組をご覧になった方も多かったのではないでしょうか。論客の方々も既にあちこちで賛否(どちらかというと否の方が多かったような気がしますが、)両論を繰り広げておられましたが、御多分にもれず、私も懇意にしている金融マン達とこの番組の話題で、しばし盛り上がりました。

番組は冒頭のドラマシーンから暗い感じで、全体のトーンも「オドロオドロシイ」雰囲気でした。BGMを明るいものに替えただけでも、随分と印象は変わったのではないでしょうか。

日本国債への悲観論、番組制作者の意図は「消費増税やむなし」論の普及

実際に明るくクローズアップすべき箇所も多くあった内容でした。例えば、日本国債を扱っている現場のプロ代表として、日本の大手金融機関の債券部部長が登場し、「お客様の大事な預金ですので、まず安全なものとなると日本国債」とコメントしていたことなどがその最たるものです。日本国債は最も安全な投資先と、国際金融市場の最前線にいる金融のプロが言っているという点を見逃すことはできないでしょう。

また、海外のヘッジファンドが日本国債を売りで仕掛けてくる、という内容も触れられていましたが、これまで20年近くに渡って、入れ替わり立ち代わり新しいファンドがやってきて日本国債を売ってみては巨額の損失を出し、あえなく撤収していったのです。海外ファンドの売り仕掛けはこれまで頻繁に起こってきたことで、まるで「黒船」が来航するがごとく、今まで経験したことのない脅威が今後日本国債市場に襲いかかるというバイアスはやや行き過ぎでしょう。

効果音にしても、話題の取り上げ方にしても、しょせん脚色に過ぎないと言われるかもしれませんが、この辺りから既に、日本国債市場について、どうもネガティブな印象を訴えたい、という番組制作者の意図が読み取れます。

それでは何故ここまで悲観的状況であると煽るのか。それにはやはり、日本が財政危機であり、消費増税やむなしのスタンスがあるからではないでしょうか。歳出ばかりが増えている状況下では消費税を導入して歳入を増やし、財政を健全化させるしかない、そういった意識を視聴者に持ってもらいたいと考えているのでしょう。

歳出と税収の差が広がる『ワニの口』、「消費税は財政再建に役立たず」を立証

しかし、それも内容として矛盾している点がありました。番組中、財務省が発表している「一般会計における歳出・歳入の状況」のグラフの一般会計歳出と一般会計税の部分を取り出して、「日本の歳出と税収の差が広がり『ワニの口のようになっている』」とナレーションを入れていた箇所がありました。

なぜ、政府に入ってくるお金よりも出ていくお金の方が多くなり、『ワニの口』のようになってしまっているのか。

消費税が初めて導入されたのは1989年(平成元年)です。それが3%から5%に引き上げられたのは1997年(平成9年)です。つまり、消費税を導入しても税収増には結びつかず、財政を健全化しようにも出来ない。これまでの経緯から消費税は財政再建には全く役立たない、ということをこれでは敢えて示しているようなものです。

むしろ消費税を導入したことで、日本全体の消費活動を低迷させ、それが企業収益を圧迫し、法人税収や所得税収が下がって、結果的にワニの口を大きく開ける原因の1つになったのではないか、と考える必要もあるのではないでしょうか。

出典:財務省

消費税増税の必要性を客観的に訴えるわけでもなく、ただ漠然とした不安だけを視聴者に煽るだけの内容ならば、いったい何のための番組なのか制作意図がわかりかねる、というのが我々の結論でした。

「国債価格急落=この世の終わり」は一元的な見方、冷静に市場の動きを見るべし

拙著の印象から日本国債暴落論に異を唱える人物と受け止められているようですが、私自身がかねがね訴えているのは、日本国債の市場価格が下落(利回りは上昇)することイコール日本経済が破綻するという論調は行き過ぎであるという点です。

超長期の日本国債10年物の金利の推移をご覧になってみてください。長い目で見れば金利は1980年代に見た8%台の水準から、最近の1%以下の水準まで低下してきている、という状況です。

出典:財務省

市場は一定方向で動くわけではありません。細かい動きを追っていけば、小規模あるいは中規模の上下動を繰り返しているのが確認できるかと思います。時には債券の利回りが上昇したり(債券価格は下落)、下落したり(価格は上昇)、繰り返す大波小波から相場は成り立っているのです。

そういう意味では今後も短期的・中期的な金利の上昇もあるでしょう。それを国債価格の暴落と称する人もいるかもしれません。ただ、金利が上昇(価格が低下)したからといって、それが即、日本国の破綻になるかと言えば、そんなことはありません。

これまで金利が急騰してきた時期を見ると、1989年はバブル真っ盛りでしたし、2003年の急激な金利上昇の後は、第二次世界大戦後最長の景気拡大期間である「いざなみ景気」を迎えています(もちろん、格差が広がりからその恩恵は広く行き渡らなかったという問題はありますが、今回は国債価格がテーマなので割愛します)。長期金利の上昇は、景気の上向きを図るバロメーターという1つの側面があると言えるでしょう。

1998年はアジア危機があり、2008年はサブプライム危機の最中でしたから、長期金利上昇が景気の好転を示す材料とは必ずしも言い切れません。それでも、経済状況は悪いからと言ってこの時期に日本の財政が破綻したわけでもありません。景気が悪い時はむしろ、金利の上昇は一時的な動きで、数か月後には再度金利は低下を始めて、やがては以前の水準を割り込んでいくような状況でした。

相場は上下動を繰り返すものです。詳しく見てみると、日本国債は大体4.6年(1700日前後)周期で利回りの急上昇が発生しています。そういう意味では、昨年12月6日に付けた0.6%台を境にして、金利の上がる局面に既に入っている可能性がある、という見方もできるでしょう。仮に2%、3%と10年国債の利回りが上がっても、実体経済が回復していれば何ら問題はないはずです。

国債価格の急落=この世の終わりというような一元的な見方ではなく、景気が悪い中での短期的な動きなのか、景気回復を伴った金利上昇の動きなのか、相場の波の中で多元的に利回りを見る必要があるでしょう。

執筆者プロフィール : 岩本 沙弓(いわもと さゆみ)

金融コンサルタント・経済評論家・大坂経済大学 経営学部 客員教授。1991年より日・加・豪の金融機関にてヴァイス・プレジデントとして外国為替、短期金融市場取引を中心にトレーディング業務に従事。銀行在職中、青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程修了。日本経済新聞社発行のニューズレターに7年間、為替見通しを執筆。国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに選出。主な著書に『新・マネー敗戦』(文春新書)、『マネーの動きで見抜く国際情勢』(PHPビジネス新書)、『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる それでも日本が生き残る理由』(集英社)、『世界のお金は日本を目指す~日本経済が破綻しないこれだけの理由~』(徳間書店)などがある。