3Dムービーデータの納品が今年に入って増えてきました。3Dデータは3Dテレビやスマートフォンなどで見る裸眼立体映像のことです。まだ新しい技術なのでマニュアル本もなく、どういうものが理想的な立体映像になるのか……。飛び出し過ぎの映像は目に負担だし、奥行のない映像は立体の醍醐味を失うし、適度に気持ちの良い立体空間域を探すトライアンドエラーの繰り返しです。大変な作業ですが、<平面>の3DCGではなく、ついに立体映像を作る時代がきたのだなあと思います。この裸眼3Dは定着するのでしょうか。

僕が<平面>の3DCGを作りたはじめたのは1993年の頃、いきなりパソコンとソフト一式を購入しました。パソコンはMacを買って周辺機器を含めて当時で330万くらいしました。ソフトは日本語になっておらず、アップルストアなんてのもなかったので、キヤノンが代理で販売をしてました。

それまでパソコンは一度だけマンガの取材でさわったことがあっただけで、使い方はわからず、100%ド素人。素人なのにいきなりMacで3DCGをやろうと思うのだから、ほんとに素人だったんだなーと思います。でも、子供の頃からマシーンは弱いほうではなく、学生の頃も音楽の機材など、多少、使いこなしてはいたので、なんとかなるだろうと思っていたのだけど、パソコンは別。電源の消し方もわからなかったのでコンセントを抜きました。

キヤノン販売に電話して「まったく使い方わからないので少し教えてください」といったら、販売員さんが家まで来てくれたんですね。通常業務が終わってから家に来られたので夜の11時くらい、フロッピーで3CCGのソフトのインストールをしてくれました。1時間くらいかけてインストールは終わったけど、販売員さんはソフトの使い方まではわからず、「一緒に勉強しましょう」と言ったんです。売る方も使い方を知らないのかと驚いたけど、本屋が本の内容を知らないで売ることもあるだろうと思い直して、販売員さんとふたり、深夜まで英語で書かれた説明書を辞書で英訳しながら、少しづつ解明してゆきました。

それから毎夜、販売員さんは業務がおわったら家に来てくれたんですね。今のようにソフトがサクサク動く時代ではなかったので、クリックしたら待ち時間、保存したら待ち時間と、なかなか前に進まない。販売員さんはイライラせず、待ち時間は有効に寝てました。

簡単なモデリングでムービーまで作れたときは、ふたりして喜びました。その頃、販売員さんと話したことに、今はこんなにストレスのある大変な作業だけど、これからどんどんパソコンは進化する。未来の3DCG制作環境はこんな待ち時間ばかりじゃないだろう、きっとストレスなく作れるようになるだろう。ホログラムのようにモニターも立体になってるかもしれない、素手で粘土のようなものをこねくり回して造形がつくれるような、そんな時代が来るかもしれない。CGのこの黎明期をなつかしがる日がくるだろう。販売員さんと部屋でふたり、そんな話をして盛り上がりました。

これからのデジタルなモノづくりがどうなってゆくのか、販売員としてだけでなく、彼自身も本当に興味があったんだろうなあと思います。「一緒に勉強しましょう」と言ったのはそんな彼の意欲の表れ。販売員さんが家まで来てくれてサポートしてくれるなんて、今はもうそんな話は聞きません。後で思ったことだけど、彼は会社が終わってから僕の部屋に来ていたんですね。業務外の自主的なサポートだったのだろうと思います。そんな販売員に出会って運がよかった。

あれから18年たった今、素手で粘土のようなものをこねくり回すようにはまだ作れないけど、裸眼3Dモニターはやってきた。現在も、あの頃と同じようなトライアンドエラーの繰り返しではあるけど、未来は徐々にやってきて、時間はちゃんと前に進んでいたんだなあと思います。立体プリンターで造形物を納品なんてことも今後あるかもしれない。今、あの販売員さんと、これからのモノづくりの話をしたら、どんな話になるだだろう。水草水槽の話もしたい。未来をイメージすることからものづくりははじまるのです。

タナカカツキ


1966年、大阪府出身。弱冠18歳でマンガ家デビュー。以後、映像作家、アーティストとしても活躍。マンガ家として『オッス! トン子ちゃん』、『バカドリル』(天久聖一との共著)など作品多数。1995年に、フルCGアニメ『カエルマン』発売。CM、PV、テレビ番組のオープニングなど、様々な映像制作を手がける。映像作品『ALTOVISION』では「After Effects」や「3ds Max」を駆使して、斬新な映像表現に挑んだ。