2時間20分、米Appleの開発者カンファレンスWWDC 2017 (6月5日~9日)において、5日に行われた基調講演の長さである。それを飽きさせることなく見せたのもスゴかったが、過去最長規模の長さでも全体的に駆け足だった。元々入れたかった内容を全て入れたら3時間半になったそうで、目標の2時間を目指して詰めた結果が2時間20分である。だから、見ていてもう少し説明が欲しいと思うところもたくさんあった。
でも、WWDCにおいて同社のエグゼクティブが公で話すのは基調講演だけではない。WWDCに合わせてブログ「Daring Fireball」を運営するJohn Gruber氏のポッドキャスト「The Talk Show」のライブショーが行われており、一昨年からPhil Schiller氏 (ワールドワイドマーケティング担当シニアバイスプレジデント)が、そして昨年にCraig Federighi氏 (ソフトウエアエンジニアリング担当シニアバイスプレジデント)も加わって基調講演での発表に関するインタビューを受けている。今年も基調講演とThe Talk Show Liveをセットで視聴することで納得できたことがたくさんあった。
「iOS 11」が新機能盛り沢山だったのに対して、「macOS High Sierra」は新機能が少なく、あってもiOSと共通の機能が多かった。そのため「macOSのアップデートへの関心が薄れているのではないか」という声も聞こえてくる。
Schiller氏は「Macは重要な製品であり続ける」と断言していた。High Sierraは名前(Sierra→High Sierra)から想像できるように、昨年秋に登場したmacOS Sierraを磨き上げるリリースになる。同様のリリースとして、過去にはMac OS X 10.6 (Leopard→Snow Leopard)やOS X 10.8 (Lion→Mountain Lion)があった。そうしたOSのパフォーマンスと安定性を強化するアップデートは目に見える新機能に乏しいため発表時にはマイナーアップデート扱いされがちだが、Federighi氏によると、使ってみて実感できる使用体験の向上によって、それらはMacのOSの歴史において最も評価されるリリースになった。新機能は誰にとっても便利になるとは限らず、邪魔な機能追加に感じられることもある。だが、安定してサクサクと動くようになるのを歓迎しないユーザーはいない。
High SierraでMacのファイルシステムが長年続いたHFSからAPFS (Apple File System)に変わる。それによって特にファイルのコピーやフォルダの内容を調べるといったタスクが劇的に高速化する。基調講演のデモでは、数秒を要した大きな動画ファイルのコピー作成がAPFSにした同じMacでは一瞬で終了した。
ファイルシステムの変更は、OSベンダーにとって困難な作業になるが、すでにAppleは今年初めにiOS 10.3でiOSのAPFSへの移行を目立ったトラブルなく乗り越えている。Federighi氏によると、実はiOS 10.3でスタートさせたのではなく、iOS 10.1やiOS 10.2のベータ段階から一部のベータプログラム参加者にAPFSを提供してデータを収集していたという。Gruber氏は「念入りに2度採寸した上で、ズバッと一気にハサミを入れる仕立屋のようだ」と述べていた。
基調講演でFederighi氏が、High SierraのSafariをGoogleのChromeを大きく上回る「最速ブラウザ」になるとしていた。いくらなんでも「盛ってるのでは?」という雰囲気が会場に広がっているように感じたが、そこに話題が及ぶとFederighi氏は再びSafariのスピードを強調した。基調講演で最速をアピールしたのは、そもそもブラウザ・メーカーの最速マーケティングの影響でSafariのスピードが人々に適切に伝わっていないからだという。WebKitとSafariの開発チームの名誉のためにスピードに言及すべきと感じたそうだ。それは本当なのか。そこで私も現行のSafariとChromeやFirefoxのベンチマークをMac上で取ってみたら、確かに私が抱いているイメージ以上にSafariは速かった。
High SierraでSafariが高速になる以上にインパクトを及ぼしそうなのが、機械学習を用いたクロスサイトトラッキングの削除による追跡防止、自動メディア再生のオフ設定だ。どのブラウザが最速であるかを議論したところで、重い広告に引っかかってしまったらユーザー体験は台無しである。違うサイトに移動したのに前に開いていたサイトに関する広告が表示されるのは見方によっては気味の悪いことで、ページを開いた途端に広告のオーディオが鳴り響くのも気分の良いものではない。どちらもWebブラウザがページをレンダリングするパフォーマンスに直接関わる機能ではないが、実際のWeb利用においてブラウジング体験の向上につながる。Appleは2015年にiOSのSafariにコンテンツブロッカーの仕組みを導入し、モバイルWebにおいてユーザーのブラウジング体験を優先させる流れの先鞭をつけた。今回のクロスサイトトラッキングの削除も、Webユーザーのプライバシー保護の議論に一石を投ずることになりそうだ。
新しいiPad Proに関しては、ドラッグ&ドロップやファイルマネージャーなどPCの利点をiPadにもたらすiOS 11の機能が話題だが、Federighi氏は体験を変えるポイントとして120Hzのリフレッシュレートのサポートを挙げた。初めて120Hzのタブレットを試作した時に、そのなめらかな表示、スクロールなどのレスポンスの良い動きを体験してみて、絶対に採り入れるべきと思ったそうだ。そして120Hz表示のためにCPUをカスタマイズし、ドライバーを変え、Core Animationにも手を加えた。「競合メーカーは解像度をアピールするかもしれないが、私たちは色深度やリフレッシュレートなどにこだわりります。それらは視聴体験に大きく影響します」(Federighi氏)。
フォントの美しい表示にこだわるからSiriの声も
スマートスピーカーの「HomePod」を、Siriデバイスではなく、ホームオーディオシステムとしてアピールしているのも話題になっているが、それは奇策ではない。リビングルームに置かれたスピーカーにユーザーが求めることを考えたらアプローチは明らかだ。パーソナルアシスタントとの会話ではなく、「音楽を楽しみたい」と答える人の方が多いだろう。
基調講演でAppleはSiriの改善点として音声デジタルアシスタントの声がナチュラルに進化した点を強調していた。AIを手がけるライバルがAIの賢さをアピールしているのに「声!?」という感じだったが、AIの声はPCやモバイルデバイスのタイプフェースの表示に等しいと喩えていた。実際、テキストが美しく表示されるからWindowsではなくMacを選ぶ人が少なくないことを考えると、声にこだわるのはAppleらしいと言えるし、音声インターフェイスを重視しているからこそオーディオの質を追求する。
HomePodの音質アピールに対して、Gruber氏はiPod時代にAppleが「iPod Hi-Fi」でホームオーディオシステムに失敗したことを持ち出した。そのツッコミに対してSchiller氏は「うまくいかなかったことに再挑戦することもある」と答えた。同じスピーカーでもスマート機器であるHomePodはiPod Hi-Fiとは異なるデバイスであり、投入する状況が異なれば、シナリオも違う。最大の違いはBeatsも傘下に持つ今日のAppleのオーディオエンジニアリング・チームの充実ぶり、iPad ProやiPhone 7のスピーカー、AirPodsといった製品が、その実力を証明していると述べた。
モバイルにおけるAppleの成功を認めてMicrosoftやGoogleもユーザー体験を重視し始めてから、Appleとライバルの違いが無くなり始めたように感じていたが、今回の基調講演ではAppleとライバルの訴求点の違いが目立った。ハードウエア製品をエンドユーザーに販売するAppleは人を重んじる。6月9日にApple CEOのTim Cook氏がマサチューセッツ工科大学の卒業式でスピーチを行った。そこで次のように述べていた。
「私は、AIによってコンピュータが人のように思考する力を得る可能性を心配してはいません。それよりも人々が価値の尊重や思いやりを欠いて、結果を気づかわないコンピュータのようになることを案じています」「サイエンスが暗中模索なもので、その先に危険も待ち受けているなら、ヒューマニティが灯りとなって私たちがたどり着いた場所を灯してくれます」
今の段階でAppleの言う体験が正解だと言うつもりはない。使い込んでみないと答えは分からない。だが、ここ数年の中で、今年は特に秋のプラットフォーム更新が楽しみになるWWDCだった。