「プライバシー保護」と「テロとの戦い」でAppleとFBIが対立している問題が急転、FBIがAppleとは別の第三者(サン電子のイスラエル子会社と報じられている)の力を借りて、容疑者のロックされたiPhoneのデータへのアクセスに成功した。28日にAppleに対する提訴の取り下げを申請し、長期戦も予想されたFBIとAppleの争いはひとまず幕引きとなった。

議論が四方八方に広がって、いささかうんざりするところもあったけど、個人的には法廷審理への関心が高まってきたところだったので残念でもある。というのも、下院法務委員会においてFBIのJames Comey氏がAppleは暗号技術を用いてスマートフォンを「warrant-proofにしている」と非難したことが新たな論争となっていたからだ。warrant-proofとは令状があっても踏み込めないことを意味する。誘拐、テロといった犯罪を未然に防ぐ、または被害を最小限に食い止められるように、法に従って捜査機関はプライベートな場所も捜査できる。ところが、Appleの暗号化はそれを不可能にする。Comey氏は「建国者たちはショックを受けていることだろう」とも発言したという。

そうした状況は21日にAppleが行ったスペシャルイベントにおけるTim Cook氏の発言にも現れていた。「We did not expect to be in this position — at odds with our own government,」- 米国の自由な魂を重んじるAppleが、その政府と対立することになるとは思いもしなかった。

21日に開催したスペシャルイベントの冒頭でプライバシー保護について語るAppleのティム・クックCEO

治外法権など数々の例外はあるものの、令状があれば捜査を執行できる。Comey氏の指摘はほぼ筋が通っている。しかし、新しい技術を用いて犯罪者を寄せ付けないように作られた最新の鍵が、上出来過ぎて開けられないと警察から文句を言われる筋合いはない。全てのセキュリティやテクノロジが捜査当局に協力的なものであるべきというのは拡大解釈が過ぎる。デジタル科学捜査を専門とするJonathan Zdziarsk氏は、米国では捜査に対するプライバシー保護もまた認められており、利用者のプライバシーを保護するように製品を設計する権利や責任をAppleは有すると述べている。だから、warrant-proofという言葉は、むしろAppleがアピールすべきであると主張していた。

FBIのwarrant-proof発言によって、AppleとFBI、どちらが米国の精神を反映しているかという議論に発展していたところで、FBIから待ったがかかって議論がうやむやに……というのが現在である。でも、今回FBIが容疑者のiPhone 5cにデータにアクセスできたからといって、問題が解決したわけではない。Appleは今後もプライバシー保護の技術を強化していくだろう。同じような対立が将来再び起こることは容易に想像できる。

warrant-proofという言葉がどちらのためのものであるべきか、という議論は、これからのテクノロジーの発展の礎になり得る。たとえば、米国で評価を高めている米Amazonのワイヤレススピーカー型のデジタルアシスタント「Echo」である。スピーカーなので常に電源に接続されており、スマートフォンのデジタルアシスタント(Siri、Google Nowなど)と違って、同じ部屋にいて話しかけるだけでいつでもAlexa(Amazonのデジタルアシスタント)を利用できる。たとえば筆者はよくGoogleで度量衡換算をしていたが、今は「Alexa, what is 5 miles in kilometers?」というように話しかけるとEchoがすぐに答えてくれる。本当に便利である。

Amazon.comが米国で販売しているデジタルアシスタント・デバイス「Echo」

話しかけるだけというアクセスしやすさがEcho最大の魅力だが、Echoがもし部屋の片隅で常にユーザーの会話に聞き耳を立て、会話を記録していたとしたら不気味である。実際には「Alexa」と呼びかけた時から、Echoに話しかけたことをモニターする。それが分かっているから、ユーザーは安心して利用できる。Echo(Alexa)はユーザーのことをよく知っているが、Echo(Alexa)から第3者がユーザーの生活を調べることはできない。ユーザーが安心して便利に使えるようにプライバシーが保護されたEchoは、捜査当局がwarrant-proofと敵視すべきデバイスだろうか?

IoT市場が成長する中、静かに私たちの生活をモニターするデバイスが、これから私たちの身の回りに増えていく。それらを便利なものにするためには、ユーザーがどのような情報収集に許可を与え、情報をどのように保管して利用するか、データの共有や保護をしっかりとユーザーが自身でコントロールできる環境づくりが重要になる。そうした仕組みを安定させておかなければ、インターネット普及期のようなプライバシーに関する混乱が起こるだろう。その点で、プライバシー保護や安全保障の原則の論争に発展していたAppleとFBIの対立は、いま泥沼の法廷闘争になっても、結果次第ではこれからの社会の変化を加速させる基盤になっていたかもしれない。