デジタル関連のコンシューマデータを収集・分析する7Park Dataによると、米国において昨年10月からGoogleのVR(仮想現実)プラットフォーム「Google Cardboard」の月間アクティブユーザー(MAU)が急増している。

といっても、それまで全体の0.05%~0.10%の間だった割合が、11月末に0.17%、12月末に0.35%に伸びただけで、わずか2カ月で3倍を超える増加ではあるものの、全体に占めるユーザーの割合はまだまだ小さい。昨今のVRの話題性を考えると、ここで取り上げるほどの変化ではないのだが、日間アクティブユーザー(DAU)の伸びの推移と比べて見るとVRの危うい現状が見えてくる。MAUの明らかな伸びに対して、DAUはごくわずかな伸びにとどまっているのだ。

米国におけるGoogle Cardboard利用の推移(データ: 7Park Data)。月間アクティブユーザーが急増しているのに対して日間アクティブユーザーは微増

7Park Dataはユーザーのコメントを公開していないので、原因は推測になるが、昨年後半からVRに関心を持つ人が増加し、最も手軽に試せるCardboardを手にしているのだろう。しかし、頻繁に利用し続けている人は少ない。1回試しただけという人もいるだろう。だから、1カ月のスパンだったらユーザーが増えているものの、1日単位のユーザーは増えていない。リピーターを獲得できていないのだ。

段ボール紙、レンズ、スマートフォンでVRヘッドマウントディスプレイを自作できるGoogle Cardboard

もちろん、低コストで手軽に使用できるCardboardはVRを体験させるのを目的としたものなので、DAUが伸びないのは仕方がない。中にはCardboardでVR体験にはまって、Oculus RiftやPlayStation VRなどに関心を持ち始めた人もいるだろう。でも、逆のケースも考えられる。ジェットコースターやハムスターダンスなどシンプルなVRコンテンツに最初は驚いても、リピートしたくなるようなコンテンツやサービスがないと、VRに対する関心が薄れてしまう。それがあるのか、ないのか、答えはDAUの低調すぎる伸びに現れている。

今の状況は90年代にマルチメディアがバズワードになった時に似ている。様々なメディアがデジタル化され、CDなどで配られた。それらを使ってみるのは面白かったけど、それだけだった。あの頃に体験したマルチメディアは、マルチメディアやインタラクティブの本質ではなかった。本当に社会全体が変わり始めたのは00年代に入ってから、Google、PayPal、YouTube、Amazonのクラウドサービス、Facebookなどが台頭し始めてからだ。その頃になったらマルチメディアやインタラクティブなんて言葉は使われなくなっていた。言葉ではなく、マルチメディアやインタラクティブの本当の価値が人々を熱中させ始めていたからだ。

今VR市場は形になり始めたばかりであり、社会を変えるような存在になるには時間がかかるだろう。マルチメディアの時のようにゆっくりとした変化になるのか、それとももっと速いスピードで大きなインパクトを社会に与えられるのか、その岐路にさしかかろうとしている。

GoogleがCardboardよりも機能性を高めたVRゴーグルを発表するという噂が飛び交っている。5月に開催するGoogle I/O 2016で何かしらの発表がある可能性もある。CardboardのMAUとDAUの差を考えると、日常的な利用に応えられるVRゴーグルの投入は効果的だと思う。しかし、本当に必要なのは変化を生み出すコンテンツやサービスだ。しっかりとしたVRゴーグルがあっても、安易なコンテンツが量産されるばかりだったら何も変わらない。たとえば、GoogleマップやYouTube、Googleフォト、Google PlayといったGoogleのサービスと連動し、ユーザーが頻繁に装着したくなるような実用的なソリューションが伴ってこそDAUが伸び、VRの評価が変わってくる。

Google Cardboardに準拠したVRゴーグルを販売するメーカーが増加、そしてGoogleもGoogleストアでCardboardゴーグルの取り扱いを開始した。GoogleのVR製品の今後の拡大への期待が高まる

VRとは関係ないが、先週読んだ記事の中で面白かったものを1つ紹介しよう。タイトルは「1ドルもマーケティングに費やすことなく言語学習アプリが 1億1000万ユーザーを獲得した方法」だ。言語学習アプリとはDuolingoのことである。同サービスは、ゲームのステージをクリアするように学習できるゲーミフィケーションになっている。しかし、ゲーム形式にしたからといって多くの人が外国語習得に熱中するわけではない。むしろ、すぐに飽きられるゲーミフィケーションの方が実際には多い。では、なぜDuolingoは成功したのか? CEOのLuis von Ahn氏は、人気モバイルゲーム「Candy Crush」やカジノのスロットマシーンが人々を熱中させるのと同じ理由だという。Candy Crushはプレイヤーが飽きずに遊び続けるように、機械学習を用いて、たとえば列内のキャンディー数などを最適化している。カジノも「出るかもしれない」という心理を持たせるようにスロットマシーンを調整しているそうだ。Duolingoも同じように、ユーザーがDuolingoに熱中する心理効果を生み出すように設計・デザインしている。「形容詞より先に動詞を学ぶべきなのか?」「より複雑なセンテンスに進むタイミングは?」等々…… 機械学習を用いて、効果的かつ学習者が飽きずに学習し続けるようにプログラムを絶えず進化させ続けている。ユーザーを夢中にさせる(hooked)ことに力を注いでいるからゲーミフィケーションが効果を発揮し、わずか3年で1億1000万ユーザーを達成した。

VRをゲームから広めていくのは効果的だと思うが、ゲーム市場は小さいし、そしてゲームなら受け入れられるというわけではない。ゲームであれ、その他の分野であれ、ユーザーをhookするコンテンツやサービスがゲームチェンジャーであり、それらが利用しやすくなってこそ、VRが加速をつけて一気に離陸できるようになる。