Lenovoがコンシューマ向けノートPC製品にアドウエア「Superfish」をプリインストールしていたことが大きな騒動に発展した。Windows PCのトップメーカーだけに、Lenovoだけではなく、Windows PC全体の信頼が揺らいだ。Microsoftにとっても頭の痛いトラブルになっている。しかし、次期Windows「Windows 10」の開発が終盤に向かうこの時期に起こったのはもっけの幸いかもしれない。Microsoftがその気になったら、このトラブルを福に転じられる。問題は、その一歩を踏み出せるか……だ。

「人々が『必要に迫られて使うWindows』を人々から『選ばれるWindows』に、そして人々が『愛情を抱くWindows』に変えたい。それが私たちが掲げる大胆な目標だ」――今年1月に、MicrosoftがWindows 10のプレス向けイベントを開催した時にCEOのSatya Nadella氏が述べた言葉だ。

この目標はシンプルなようで、Microsoftにとって難題だ。一口に「Windows」と言ってもさまざまだ。デスクトップ向けとして優れていたWindows 7、迷走したWindows 8、軌道を取り戻しつつあるWindows 8.1というようなバージョンごとの違いを言ってるのではない。

同じWindows 8.1でも、Surfaceシリーズにインストールされている素のWindowsは筆者が「選んで使っているWindows」だが、ジャンクウエアやトライアルウエアがプリインストールされた一部のPCメーカーの製品のWindowsは筆者にとって「ちょっと選べないWindows」である。個人的にはWindows 10に愛情を抱けそうな期待感を持っている。でも、ジャンクウエアまみれのWindows 10に愛情を抱くことはないだろう。

Nadella氏がスピーチで述べたWindowsは、おそらく素のWindowsのことを指している。「ジャンクウエアは関係ない」とも言えるが、そう言い訳していたのがかつてのMicrosoftだ。

なぜ、OSメーカーであるMicrosoftが今、自らSurfaceシリーズという同社がハードウエアまで手掛けたPC製品を提供しているのか。なぜ、Microsft Storeで「Signatureエディション」(ジャンクウエアを含まないサードパーティ・パートナーの製品)のPCやタブレットを販売しているのか。なぜ、Nokiaのモバイル端末事業を買収したのか。OfficeとWindowsの組み合わせだけで人々の要求を満たせた時代が、クラウドとスマートフォン/タブレットの台頭によって過去のものになったからだ。

スマートフォン/タブレットの成長に乗り遅れたMicrosoftも近年、"ユーザー体験"を重視しながらWindowsとWindowsプラットフォームの開発を進め始めた。しかし、PCのユーザー体験はOSだけでは成立しない。ハードウエアやソフトも合わせて形になる。ジャンクウエアがプリインストールされたPCを購入した人は、ジャンクウエアとセットでWindowsを評価する。だから、Microsoftは同社が考えるユーザー体験を具体的に示すために、SurfaceシリーズやSignatureエディションを用意している。

もちろん、中には独自のソフトやツールでWindows PCをより機能的にしているPCメーカーもある。だが、安い値札を付けたPCから利益を上げるためにジャンクウエアやトライアルウエアをプリインストールしているPCメーカーも多いのが現状だ。ジャンクウエアはストレージ容量を無駄に使うし、メモリや各種リソースも消費する。しかも、それがスペックに限りがある低価格PCに、よりどっさり積まれているからユーザー体験としては最悪である。

ジャンクウエアを含むPC(左)とSignatureエディションPC(右)の30日後のデスクトップ 出典:Microsoft

SignatureエディションPC(左)の初回セットアップ時間は2分4秒、非SignatureエディションPC(右)は4分50秒 出典:Microsoft

OSをライセンスするWindowsのビジネスモデルでは、PCメーカーがMicrosoftの顧客であり、PCメーカーがどのようなユーザー体験をユーザーに提供するかまで口を挟めない。自らSurfaceシリーズを手掛け、Signatureエディション製品を販売して基準を示すしかないのが現状だ。SignatureエディションのWebページで、Microsoftが自らジャンクウエアやトライアルウエアについて以下のように指摘している。

いくつかのPCには、あなたにとって必要のない、使わずに終わるかもしれないプログラム、ツールバー、ユーティリティ、スクリーンセーバーなどがプリインストールされています。これらはPCの動作を遅くする可能性があり、Startスクリーンやデスクトップを混乱させます。

なんという板挟み。Microsoftの苦悩が伝わってくる。同社がWindows 10で実現するユーザー体験が良いものになりそうだからこそ、残念感がなおさらだ。

Windowsを人々が愛情を抱くような存在にするには、Windowsのユーザー体験の維持をPCメーカーに徹底させる改革が必要になる。PCメーカーの良い意味での競争は促しながら、Windowsのユーザー体験を損なうような自由には制限を設けなければならない。ただ、Microsoftのこれまでの歴史とビジネスモデル、PCメーカーとの関係を考えると、なかなか実行できるものではない。Nadella氏が「大胆な目標」と表現する所以である。

しかし、幸いなことにSuperfish騒動でジャンクウエアやアドウエアのリスクに人々の注目が集まった。「安心してPCを購入したいならMicrosoft Store」と勧める専門家も相次いでいる。ただ、Microsoft Store一択ではWindowsのエコシステムがしぼんでしまう。それはMicrosoftが望むところではないし、ユーザーにとっても好ましくない。今なら、ひたすら安いPCを求めていた消費者もジャンクウエアやトライアルウエアへの制限に納得するだろう。「大胆な目標」に向けた改革を実行できるチャンスである。