iOS 8の目玉機能である決済サービス「Apple Pay」を使ってみた。期待通りに快適で、スムーズに支払いを済ませられた。Apple Payというと、NFCを使って、かざしてタッチで支払える簡単さが話題になっているが、一体なにがスゴいのか、今ひとつピンと来ないという人も多いと思う。筆者を含めて、米国でApple Payの開始を心待ちにしていた消費者がApple Payに期待しているのは「かざして支払い」ではない。「安心感」だ。お金に関するサービスで、それは最も大事なことであり、Apple Payをきっかけに再び安心して買い物をできる状況になってほしいと思っている。

筆者は過去1年間で2回、同じクレジットカードの再発行を受けた。1度目は昨年末に小売大手のTARGETから4000万件のクレジットカード/デビットカードの情報が流出した時で、問題の期間にTARGETで使用していたので、こちらからリクエストしたら無償で再発行してくれた。

2度目は先月、クレジットカード会社から新しいカードが送られてきた。悪用されるおそれがある情報流出への対策だという。TARGETの情報流出以来、クレジットカード/デビットカードの情報流出が相次いでおり、自分の情報が盗み取られることは珍しくなくなった。

クレジットカードのトラブルというと、以前はオンラインショップが原因だった。だから、オンラインショッピングには、買い物ごとに金額と期限を設定できる仮想番号をクレジットカード会社のサイトで生成して使うようになった。実店舗では信頼できる店に絞り込んで使っていれば、かつては安心だった。ところが、今やTARGETやHome Depotのような信用できるはずの小売大手から情報が流出してしまう。

日常的にクレジットカードを使わなければ良いのだが、米国で多額の現金を持ち歩くのは危険だし、クレジットカード社会と言われるだけあって米国では場末の中華料理屋にまで磁気ストライプのクレジットカードを処理する端末が浸透している。現金よりも便利だからジレンマなのだ。

オンラインショップ向けの仮想番号のように、実店舗でもクレジットカードの情報を渡すことなく支払いを済ませたいと思う。そうしたソリューションを提供するスタートアップも登場しているのだが、信頼できるかというとお金の問題だけに躊躇する。そこに登場したのが「Apple Pay」である。

Bank of AmericaのApple Payの説明を引用すると「マーチャントは取引ごとにクレジットカード/デビットカードと結びついた仮想カード番号を受け取り、実際のカード番号にはアクセスできません」という。支払いごとに仮想番号を生成して渡すので、小売店から過去の取引情報が流出してもカードを悪用される心配はないというわけだ。

もう少し正確に説明すると、Apple PayでクレジットカードをPassbookに追加するとデバイスアカウント番号が割り当てられ、暗号化されてSecure Elementと呼ばれるチップに格納される。支払いの際は、取引ごとにセキュリティコードが生成され、デバイスアカウント番号と共に支払いに用いられる。

Apple Payをサポートする小売店はまだ多くはないが、Apple Payへの対応は、顧客の信頼を獲得するチャンスであり、使用できる店では大々的にアピールしている

デバイスアカウント番号はチップに格納され、Appleのサーバには保存されない。クレジットカード会社とマーチャントの間にAppleが入るのを懸念する人もいるが、Appleもユーザーの情報には触れられないのだ。

この点でGoogleのGoogle Walletは異なる。Googleはユーザーの情報を同社が管理しており、広告などに活用するのが目的だと言われている。クレジットカードの安全を高めるソリューションになるものの、Googleのビジネスモデルを受け入れられるか、Googleを信頼できるかという問いに消費者は直面する。

そこで消費者が尻込みしてしまうのが、Google Walletが伸び悩んでいる大きな理由の1つだろう。その点、Appleはより多くの人にiPhoneを売ることを目的としているため、個人情報の収集には関心がなく、努めてユーザーのプライバシーを保護するという姿勢だから信頼されやすい。

Apple Payに対しても期待の声ばかりではない。そもそもクレジットカード会社を通すこれまでの枠組みに乗っかったソリューションであることに落胆している人が多い。既存のクレジットカードの仕組みを根底から変えるような大胆なソリューションをAppleに期待していたのだ。

この点については、今後の動向を注視していきたい。既存の巨大なビジネスに見えるのも事実だけど、Appleがデジタル音楽のダウンロード販売を始めた時を思い出してほしい。iTunes Music Storeも最初はレコード会社の枠組みに乗っかったサービスだったが、いつの間にか人々が音楽を楽しむ方法、音楽提供の方法を変えてしまった。

Apple PayもいずれNFC端末が普及し、今日の磁気ストライプのクレジットカードのようにどこでも"かざして支払い"ができるようになったら、Apple Payを使って銀行口座から直接引き落とせるようなオプションを加えるかもしれない。人々の不満を解消しながら古い仕組みに凹みを入れて、新たなソリューションを浸透させるのはAppleの得意技である。

Apple Payの安心感は新しいソリューションに消費者の関心を集め、停滞から良循環を生み出すきっかけになり得る。クレジットカード社会の米国でクレジットカードを使うことに不安を覚える1人としては、これで変わってほしいと切に期待してしまうのだ。