海外旅行で心強い味方になってくれるGoogleマップだが、WIREDでGreg Miller氏は「ソチ・オリンピックではクラウドソースのOpenStreetMapがGoogle Mapsに勝利」としている。

Miller氏はGoogleマップとクラウドソースの地図サービスOpenStreetMap(OSM)を使ってソチ五輪会場を見比べた。Googleマップでもソチ市内やオリンピック・スタジアムは美しく表示されるし、ナビゲーションはGoogleマップの方が優れている。ところが、スキーやスノーボード競技が行われたクラースナヤ・ポリャーナに移動するとGoogleマップには競技場が存在しない。OSMでは山岳エリアの競技場も確認でき、ソチ市内のデータも細かく比較するとOSMの方が詳しい。

スキーやスノーボードの競技が行われた山岳エリア、左がOpenStreetMap、右がGoogleマップ

ソチ五輪は競技場の工事が遅れていたから、Googleはタイミング的に山岳地域の競技場までマップに取り入れることができなかったのかもしれない。クラウドソース型のOSMはデータの収集や編集をメンバーコミュニティに頼るため信頼性に不安が残るものの、地元の人たちがマップデータ作成に関わっていたら短期間の変化もマップに反映される。Miller氏はオリンピック・パーク周辺のマップの過去90日の変化をスライドショーで見せて「人々(OSMメンバー)は頻繁にマップを更新してきた」と指摘している。

OSMは昨年フィリピンが台風ハイエンで深刻な被害を受けた際にも、救助・支援活動のための情報を共有するツールとして活用された。今回のソチ五輪競技場のマップ比較は、マップを通じて素早く、そしてたくさんの人と現地の様子を共有するためにOSMのようなクラウドソース型のマップサービスが有効であることを改めて証明した。

ただ今回の場合、短時間の更新だけがOSMのメリットではない。WIREDの記事を読むと、ソチ五輪開催に向けてOSMコミュニティがソチのマッピング・プロジェクトを進めたように読める。実際に、そのように受け取っている人が少なくないのだが、それは事実と異なるのだ。

ロシアのOSM編集者であるZverikはブログで「(オリンピックに向けた)ソチのマップ化を目的とした、マッピング・パーティやイベントは行われなかった」と述べている。ソチのマップデータは2007年頃からOSMに蓄積され始め、そして2010年にagsochiというメンバーがマッピングし始めてから一気にマップ化が進んだ。土台となるソチ地域のマップの大半がagsochiによって作られ、そして近年に他のメンバーの手でオリンピックスタジアムや競技場などのアップデートが加えられるようになった。

以下は、2007年以降のagsochiと他のボランティアによるソチ地域のマップデータ変更回数だ。ソチ地域の変更の83%がagsochiによって行われている。

2010年3月にagsochiによってソチのOpenStreetマップの原型は完成、「ひんぱん」と報じられたオリンピック直前のアップデートはむしろ少ない

Zverikは「活動的なマッパー(mappers)がいる地域の多くで、このようなチャートは珍しくない。誰かが、その地域のマップ化に乗り出して全体をカバーし、それから継続的なアップデートが行われるようになる」と述べている。

ソチ・オリンピックの開催が決定したのは2007年なので、agsochiもオリンピックを意識してソチのマッピングを始めた可能性はある。だが、agsochiがマッピングを開始したのはオリンピック施設が作られる前のソチであり、オリンピックのためならばオリンピック施設が完成し始めてからマップ化した方がアップデートの手間が省けて効率的だ。Zverikは「(ソチのケースは) すでに緻密にマップ化された地域でオリンピックが開催されたのであり、その逆ではない」と断言している。

マッピングパーティはカフェなどに集合し、GPSデバイスやマップメーカーなどの簡単な説明を受けて、マップ化する場所に出かける

数年前にOSMのマッピングパーティに参加したことがある。その時にリーダーだった人が、今のマップの問題を1800年代の時計に喩えていた。

200年前、人々の時間は各地域のローカルタイムで分断されていた。時計をそれぞれの地域の時計台の時刻や教会の鐘に合わせられていたから、隣町の人との間ですら時間の差が生じていた。それでは、広い範囲で正確にスケジュールを合わせられない。人々の行動範囲が広がるにつれて不便が増え始め、やがて全米の都市を結ぶ鉄道の時刻が米国全体の基準になった。そしてグリニッジ標準時が世界の基準に採用された。

今は地理情報が企業や地域に閉ざされている。現在、人が住む地域の多くには詳細に測量されたマップが存在するが、そうしたデータは国の管理下にあったり、利用するのに費用がかかったりする。言葉の壁、地域の壁、企業の壁に閉じられている情報も少なくない。例えば、ソチ五輪の情報だったらロシアのYandexを使うとマップサービスにクラースナヤ・ポリャーナの競技場も記載されているが、Yandexを使いこなすどころか、日本ではYandexの存在すら知らない人がほとんどだろう。

GoogleやBingのようなIT大手のマップサービスは、このままデータを蓄積していけば、全米を結んだ列車時刻表のような便利な存在になり得る。だが、こうしたコマーシャルなサービスをグリニッジ標準時のような基準にすることには違和感を覚える人が多いだろう。

我々は今、グリニッジ標準時を世界中の人と共有しながらローカルタイムで生活している。これからも人々はGoogleマップや、他の商業的なマップサービス、各地域のマップを使い続けるだろう。

一方で、時間はかかると思うが、世界中の人と地理情報を共有する価値も認められていきそうだ。すさまじいペースで便利になっているGoogleマップが、ソチ五輪ではagsochiという共有意識を持ったボランティアが1人で作り上げてきたOpenStreetマップに敵わなかった。それは共有が生み出す価値を人々に気づかせるきっかけになったと思う。