19日の未明に「iOS 7」の配布が始まった。対応デバイスならiOS 7自体は無料でアップデートできる。でも、完全無料で移行とはいかないようだ。アプリである。購入済みのアプリをiOS 7対応版にアップデートしようとしたら、買い直しが必要なものがいくつか出てきた……。

AppleのApp Storeには、アプリベンダーがユーザーにメジャーアップデートをディスカウント価格(アップグレード価格)で提供する仕組みがない。その結果、有料アプリの多くは購入してからずっと無料でアップデートできる状態になっていた。

ところが、iOS 7でユーザーインタフェースが刷新されたのを機会に、既存のアプリのiOS 7対応版を全く新しい製品としてフルプライスで販売するベンダーが出てきた。もちろん、ほとんどのアプリはiOS 6版をそのままiOS 7でも使い続けられるが、今後のアップデートを考えるとiOS 7版に移行した方が安心できる。でも、iOS 6版からのアップデートという気持ちはぬぐいきれず、それなのに全く新しいアプリとして購入するのは、なんだか損しているようで、買い直しを躊躇している方も多いと思う。

仕方がないから、買い直しが必要なアプリはこの機会に使い続けるかを考え直し、使い続けるならこの際にライバル商品への乗り換えも検討してみようと思っている。同じように考えているiOSユーザーは多いだろうから、iOS 7対応版で買い直しを求めるのはアプリ開発者にとってマネタイズのチャンスであると同時に、ユーザーを失うリスクでもある。そのような中、この段階で迷わずiOS 7版で買い直しを決めているアプリがある。Omni GroupのGTDソフト「OmniFocus」だ。

OmniFocusはiPhone用がiOS 7対応版で「OmniFocus 2 for iPhone」という新製品になる。発売後にiOS 6版(=OmniFocus for iPhone)はApp Storeから消えるそうだから、iOS 7で使い続けるなら買い直しになる。

iOS 7に最適化された「OmniFocus 2 for iPhone」、価格は19.99ドル

なぜ買い直しを即決したかというと、筆者はOmniFocusのヘビーユーザーで、同社がユーザーと向き合っている会社であることを分かっているからだ。Omni Groupのブログを欠かさず読み、製品発表会にも可能ならば参加している。

Omniはアップグレードユーザーにフルプライスを求めるような会社ではない。「ユーザーにはアップグレード価格を用意するべき」というのが、Omni GroupのCEO、Ken Case氏の持論なのだ。

この夏に開発中のMac版OmniFocus 2の提供方法で、ちょっとしたトラブルが起こった。同社はMac App StoreからOmniFocusを購入したユーザーもディスカウント価格でOmniFocus 2にアップグレードできるように「OmniKeyMaster」というツールを用意した。ユーザーがMac App StoreからインストールしたOmniFocusのライセンスをチェックし、ディスカウント対象のユーザーにはOmniストアから2をディスカウント価格で購入できるようにする。「すべてのユーザーにアップグレード価格を」という同社の試みは、ユーザーから大歓迎された。しかしAppleが異議をとなえた模様で、Mac App Storeのユーザにとっての便利さをOmniが評価していることもあって、OmniKeyMasterの提供はあっけなく頓挫したのだ。

サンフランシスコでMac版のOmniFocus 2を発表するKen Case氏

OmniのCase氏がアップグレード価格の提供にこだわるのは、アップグレードからユーザーが得られる価値に基づいた考えだ。新版にアップグレードしても、その多くの機能は前バージョンでも利用できるものである。開発者は必要だからアップグレードを提供するが、ユーザーが新たに得られる価値の大きさ考えたら、ユーザーにフルプライスを求めることはできない。だから、アップグレード価格が必要だとしている。

そのOmniが、今回iPhone版OmniFocusのアップグレードでユーザーにフルプライスを求めてきた。これが意味するところは、iOS 7用のOmniFocus 2 for iPhoneはフルプライスに値する新しいアプリだということだ。

公式ブログでCase氏は「われわれはiPhoneおよびiPad向けの開発を完全にiOS 7に集中させる」と述べている。iOS 6アプリと二兎を追うような余裕はない。だからiOS 7に専念する。「とんでもない!」と思う人もいるだろうが、Omniがこのように宣言するのだから、それほどiOS 7アプリに自信があるのだ。iOS 6版のユーザーがフルプライスで買い直しても、損はさせないという……この思い切りのよさにシビれた!

成功しているアプリほどiOS 6以前のサポートが重要になるが、iOS 7の中でiOS 6時代のアプリはやはり古くさく見える。iOS6以前向けの機能は、iOS 7のユーザーインタフェース向けにデザインし直し、場合によっては機能を捨てたり、置き換える必要がある。これとは別にiOS 6向けのアップデートも進めるのは容易なことではない。でも、iOS 6以前に停滞し続けていると、iOS 7向けに開発された新しいアプリに市場を持っていかれてしまうかもしれない。アプリ開発者には悩みどころである。

iOS 7でApp Store市場は一度リセットされたような状態になる。買い直しを求める開発者に対する批判、アップグレード価格を設定できないApp Storeに対する批判の声も高まると思う。Omniのような試みが認められたら、便乗してアップデート程度の違いで買い直しを求めるアプリも出てくるかもしれない。

大切なのは、本当にiOS 7向けに設計されたアプリは、それがiOS 6版からのアップグレードであったとしても新しいアプリと呼ぶのにふさわしいということだ。iOS 7はそれぐらい大きな変化であり、開発者は多大な時間とリソースをiOS 7アプリの開発に注ぎ込んでいる。この熱気から、素晴らしいiOS 7アプリが今後登場してくると思う。アップグレード価格というディスカウントは、日頃製品を使用してくれるユーザーの負担を減らしたいという開発者の気持ちである。逆にiOS 7のような大きな変化において、フルプライスはユーザーが開発者の努力に敬意を払う気持ちになると思う。