• 入学しやすい私立大学の講義
  • マサチューセッツ工科大学(MIT)が無料でオンライン公開している講義
    (しかし修了しても単位として認められない)。

「講義としてどちらに価値があるか?」と聞かれたら、「MITのオンライン講義」と答える人が圧倒的に多いと思う。単純に知識を得るためならMITのオンライン講義のROI(投資回収率)は非常に高い。しかし、学生の多くは単位と学位を目的にしているから、年間数百万ドルの費用をかけてでもとにかく学位の取れる大学に進む。現在、米国には2,421もの4年制大学が存在し、約1,850万人の大学生が存在する。4年制卒業者の比率は過去最高である。

そんな大学卒業者が、昨年のウオール街デモに多数あつまった。大学を卒業したものの、思ったように仕事に就けなかった。学費のための借金だけが残っている。デモでは景気対策の不備と、グローバル化の弊害を槍玉に挙げていたが、学士の価値暴落の影響も否めない。

様々なデータを見ると、今の米国の大学システムは競争の激しいトップクラス(約2%程度)は素晴らしい成果を上げているが、レベルが低くなるに従ってROIが著しく低下する。学位取得に同じ年間5万ドル程度の費用をかけても、MITと平均的な私大では得られるもの大きく異なる。優れた講義を誰もがオンラインで無料体験できる時代なのに、学位取得者のROIは総じて低い。

今の大学はNapster登場で混乱したレコード会社

そんな違和感を覚えていたところ、ライターのClay Shirky氏の「Napster, Udacity, and the Academy」というエッセイが目にとまった。大学とMOOC (Massive Open Online Course: オンラインで続々と公開される講義)の関係を、レコード会社とNapster(音楽配信サービスではなくP2Pプラットフォーム)の歴史になぞらえている。オンラインで公開されている講義が海賊コンテンツに相当するという意味ではない。すでに存在するシステムはコンテンツにアクセスしにくく不便なものであり、ネットを通じてより多くの人に便利に提供できるソリューションがあるという意味だ。

「Napsterの意味が単に無料アクセスだけだったら、合法的な音楽提供はレコードレーベルの手に戻っていただろう。しかし、そうはならなかった。Pandoraが登場し、Last.fmが登場した。Spotify、iTunes。Amazonまでもが、(音楽レーベルから)嫌われたMP3で音楽を販売し始めた」(Shirky氏)。

例えばLPやCDの時代は、アルバムというトータルパッケージで作品が売られていた。しかしアルバム1枚すべてが素晴らしい作品ばかりではない。トップクラスのアーティストが才能を開花している時期の作品ならともかく、聴きたいのは数曲なのにアルバムを購入せざるを得ないという作品の方が多かった。好きな曲だけ購入できるiTunes Music Storeの登場によって、音楽好きのROIは高まった。

学校の授業に採用されるオンライン講義

Shirky氏の主張はすべてにうなずけるものではないが、鋭い比較だと思う。費用ばかりかかって学生のROIが低い大学が少なからず存在する中、一流の講義がオンラインで続々と公開されている。教育を底上げする革新的な取り組みのチャンスがある。

例えば、「動画で教育を再定義」で話題のKhan Academyである。小中学校から大学レベルまで豊富な授業をYouTubeで公開している。もちろんKhan Academyのレクチャーを全部見ても卒業証書をもらえるわけではない。

ところが、質の高いKhan Academyのレクチャーを教材として授業に採用する学校が現れ始めた。先生のレクチャーの負担を減らし、生徒と直接ふれあう時間を増やす。公立学校に対する予算が削減される中、指導の質の低下を避けるソリューションとして注目している。

Khan Academyは新たなステップとして、今年3月にiPadアプリをリリースした。Khanの全ての授業にアクセスでき、オフライン機能や同期機能を備えている。ユーザーはインターネットにアクセスできない時でも授業を進められ、デバイスを変えても続きから進められる。同アプリには今後、宿題やテストの機能や、進捗をモニターする機能などを加える計画だという。狙いは、公立学校などでの「Flipped Classroom (反転教室)」の実現である。生徒がKhan Academyの授業動画を見るのは学校の授業以外の時間。レクチャーは基本的にKhan Academyまかせで、学校では先生と生徒が一緒に課題に取り組む。モニターデータを参考に、先生は個人別の指導に全ての時間を費やす。効果のほどは分からないが、面白い発想である。

Khan AademyのiPadアプリ。学ぶための機能を追加するためにKhan AademyがiPadアプリを選択したのは興味深い

義務教育レベルにおいてKhan Academyが起こしているような新旧の融合が高等教育にも及ぶのはもう少し時間がかかりそうだ。しばらくは混沌とした状態が続くだろう。

スタンフォード大学やプリンストン大学など一流大学の講義をオンラインで無料公開しているCourseraについて、今年10月にミネソタ州が受講を禁止する命令を出した。州に無登記で高等教育を提供しているというのが理由だが、Courseraの修了証書には現時点でほとんど効果はない。受講者は純粋に知識を得るために利用しているのだ。それでもCourseraのユーザー数は150万人に達しており、ミネソタ州は地元の大学を脅かす無法的な存在として警戒している。

もはや一流の講義がオンラインで公開される流れはせき止められるものではない。米レコード協会によるP2Pサービス・ユーザーの提訴は「顧客を訴える行為」と非難されただけで解決にはならなかった。ミネソタ州のCoursera禁止令も内外からの非難を浴びている。一方でCourseraも、利用規約の中で同サービスが提供する講義を用いて大学が学生に単位を提供することを明確に禁じている。DRMで音楽を保護し、一部のプレーヤーに利用を制限しているかのようである。大学とCourseraがお互いに敬遠しあって、結果的に学生の利益を損なっている。

しばらく時間がかかりそうだが、こうした溝はいずれ埋まるはずである。例えば、Googleの自走カーを手がけたスタンフォード大学の教授が立ち上げた無料のオンライン大学Udacityだ。人工知能をはじめ、一流の講義がそのままオンラインに移植されていると一目置かれている。スタンフォード大を辞めてまでUdacity設立にふみ出したきっかけとしてKhan Academyを挙げており、単純にレクチャーを公開するだけではなく、教育プログラムとして充実させている。Udacityがホンモノの知識を身につけられる場であるかは、いずれ受講者が証明するだろう。その知識すら過小評価されるのであれば、明らかに矛盾である。