昨年のOS X Lion、そして今年のOS X Mountain Lionと、Appleは2年続けて同社の開発者カンファレンスWWDCの基調講演でOS Xの新メジャーリリースについて語った。どちらにおいても数百とある新機能から特に重要ないくつかを紹介したのだが、2年続けてその中にFinder (Mac OSのファイル管理ツール)が含まれなかった。"Mac OSの顔"とも呼べるような存在であり、以前だったら必ずと言っていいほど取り上げられていた。もちろん今もFinderは着実に改善されており、ユーザー側のFinderに対する注目は変わらず高い。だが、ポストPCを標榜するAppleは、あえて新しいFinderを前面に出してこない。

5月末に、Apple前CEOのSteve Jobs氏が登場したDカンファレンスの映像(6本)が無料公開された。2005年(D3)のインタビューにおいて、Jobs氏が数年後のiOSの登場を予告するようなことを話していたと、ソフトウエア開発者のOle Gegemann氏が指摘している。以下、該当するJobs氏の発言を訳してみた。

「ユーザーインタフェースの研究において、使い方を学ぶのは難しいことではない。しかし、ファイルシステムで必ず疑問にぶつかり、学習曲線が垂直に切り立つ。そして『なぜファイルシステムがOSの顔なのか』と自問することになる。もっと上手く必要なものを見つけられる方法があれば、その方がいいのではないか? 」

「例えば、Eメールには情報を引き出すより有効な手段が次々と現れている。メールをファイルシステムで管理したりはしていないでしょう? アプリが管理してくれる。それはまさにブレークスルーであり、iTunesも好例の1つだ。ファイルシステムに音楽を入れておくなんて、もはやばかばかしいことになってしまった。音楽のために作られ、音楽を見つけるいくつもの方法が用意されたアプリケーションで管理する。写真も同様だ。写真のために作られたアプリケーションがすでに存在する。これらのアプリケーションがそれぞれにファイルを管理している」

「必要なものを見つけ出すために、ファイルシステムと格闘するのは遠回りだ。我々は、そうした(ファイルシステム時代の)名残りも、より使いやすいものに変えようとしている。それがSpotlightだ。実際、すでにユーザーのFinderの使用がどんどん減少している。最終的にファイル管理システムはプロのためのアプリケーションになり、コンシューマは使わなくなるだろう」

これらは検索テクノロジSpotlightのデモを披露する中で、Jobs氏が語ったものだ。Finderのようなファイル管理ツールを持たないiOSと、今日のiOSアプリの役割を思い浮かべながら聞くと「なるほど!」と思う。おそらく、この時にJobs氏は頭の中にSpotlightの先までイメージしながら説明していたのだろう。とても熱く、早口でまくしたてている。そんなJobs氏に、インタビュワーのKara Swisher氏とWalt Mossberg氏は明らかに戸惑っている。「えっ、デスクトップ検索の話だよね……」みたいな反応である。

2004年のWWDCでMac OS X "Tiger"のSpotlightを説明するSteve Jobs氏

ひと手間に煩わされないポストPC

OS X LionでAppleは「Back to the Mac」を旗印に、iPhoneやiPad向けのOSであるiOSの特徴をOS Xに取り込み始めた。マルチタッチジェスチャーが強化され、限られた画面スペースを有効に使用できるシンプルなユーザーインタフェースも採用された。

しかしユーザーの1人として、なんとも中途半端な印象を抱いていた。大きなトラックパッドでマルチタッチジェスチャーを使ってMacを操作できるようになっても、パソコンはパソコンのままである。これがポストPC時代のMacと呼べるかというと「否」だ。では、なにを以てMacのポストPCへの進化を測れば良いのか……と疑問に思っていたところ、2005年のインタビューでJobs氏がFinderの壁について熱く語っていた。Finderを開く頻度は、MacのポストPCへの移行を測るものさしになりそうだ(今はまだ頻繁に使用しているが……)。

フルスクリーンアプリケーション、LaunchPad、Mission Control、Mac App Store、そしてマルチタッチジェスチャーなど、これらOS X Lionの新機能はユーザーとアプリケーションの関わりを強める。もちろんFinderの役目を終わらせるのが目的ではない。ポイントは、Jobs氏のインタビューにある「ユーザーを遠回りさせない」だ。ユーザーがなにかやりたいと思ったときに、すぐにアクションを起こせる。

これはOSやアプリを通じて、ユーザーとWebサービスが直接的につながることも意味する。Macでは、TwitterやFacebookの統合、Mountain Lionの共有ボタンなど、まだ可能性の片鱗しか見えてこないが、アプリ中心の環境で先行するiOSは、この"すぐにやれる度"に磨きがかかってきた。

例えば、iOSの次期メジャーリリースiOS 6の新機能Passbookだ。チケットやクーポン、ストアカードなどを扱うアプリをまとめる機能である。Fandangoで購入した映画チケット、ユナイテッド航空のボーディングパス、スターバックスカードなど、それらをiPhoneで使うときに入り口やレジの前で専用のアプリを探す必要はない。Passbookを開けば、購入したチケットやカードが並ぶ。Newsstand同様、アプリが増えすぎて煩雑になってきたのを再整理するアプリの1つである。だが、再整理だけではない。OSに組み込まれた機能だから、例えばスターバックスに入ると、自動的にロック画面にスターバックスのスライドバーが現れ、スライドするとスターバックスカードが直接開く。ユーザーとアプリを直接結ぶプラットフォーム機能なのだ。

iOS 6の新機能の1つ「Passbook」

今回のWWDC基調講演では、ノート型Macが一気に刷新された。黒いベールに包まれてMacBook ProのRetinaモデルが登場した前半の山場が、基調講演の最高潮だったという声もある。しかし、ぜひとも観てほしいと思うのは、OS X Mountain LionとiOS 6のユニークなデモが披露された後半だ。アプリ中心の環境を実現する要としてiCloudが機能し始め、2005年にJobs氏が力強く語っていた"より使いやすい"が様々な形で実現しようとしている。